《夢幻諸島》シリーズ初長編プリースト『不死の島へ』が出たぞ!
文=大森望
今月は珍しく長編祭り。中でも最注目は、クリストファー・プリースト初期の代表作 The Affirmation(1981)の邦訳、『不死の島へ』(古沢嘉通訳/創元海外SF叢書)★★★★½。《夢幻諸島》シリーズの初長編であり、著者が主流文学方面に飛躍する契機となった重要作が、原書刊行から45年を経てついに邦訳された格好だ。時は1976年。災難続きで父親も住処も仕事も恋人も失った28歳のピーターは、住み慣れたロンドンを去り、知人から仮住まいを許された田舎のコテージで自伝的な文章を書き始める。その第三稿の舞台が夢幻諸島。こちらのピーターは北大陸の大都市ジェスラに住む同年輩の男性。不老不死技術を独占するコラゴ社が主催する宝くじで大当たりを引き当て、不死処置を受けるべく、夢幻諸島のコラゴ島へと旅立つ。なんだ、作中作か──と思いきや、夢幻諸島パートでは英国パートが作中作として語られ、どちらが外枠か(作品内では)決定できない。やがて二つの現実の相互侵犯が起こり、小説はさらに錯綜してゆく。SFと文学の中間領域を大胆に開拓し、後期プリーストの先触れとなった長編だ。
土形亜理『みずうみの満ちるまで』(早川書房)★★★★は、(大賞が出なかった)第13回ハヤカワSFコンテストの特別賞受賞作。気候変動と戦争により荒廃した未来。富裕層の多くが人格をアップロードして永遠の生を獲得する一方、現実世界には難民があふれ、飢餓と貧困が広がる。舞台となる〈ヘヴンズガーデン〉は、死を選んだ富裕層に理想的な最期を提供するかわり、財産の寄付を受け、それを難民保護に充てている。語り手の元難民エルムは、寄付者の旅立ちに寄り添うコーディネーター。さまざまな事情を抱えた寄付者たちが希望するさまざまな最期が連作短編風に描かれる一方、施設の背景が少しずつ明かされてゆく。過酷な外の現実と静かで美しく安らかなガーデンとの対比。すべての難民を受け入れることは不可能だが、どこで線を引くべきなのか。人類文明が滅びゆく中でどんな選択がベストなのか。見かけによらずメッセージ性が強く、限りなく重い問題が寓話的かつ叙情的なタッチで深く静かに議論される。SFとして足りない部分はあるにしろ、個人的にはこの作品が大賞でよかったのではないかと思いました。
林譲治『地球壮年期の終わり』(早川書房)★★★★は、2034年の地球を舞台に、現代世界が抱えるさまざまな問題を外から(異星人〝侵略者〟から)の視点で皮肉たっぷりに描く書き下ろしのファーストコンタクトSF。クラーク『幼年期の終り』(創元版だと『地球幼年期の終わり』)の導入部分を現代的に語り直した感じで、こちらも元難民(日本で育ち、日本名を与えられたパレスチナ難民)たちが視点人物になる。宇宙人は青い防護服を着た身長3メートルのヒューマノイドで(〝スカベンジャー〟と呼ばれる)、行く先々で珍騒動を巻き起こすが、技術力で圧倒的に勝っているので、地球側の(主に各国の軍隊の)間抜けぶりが際立つ仕組み。『みずうみの満ちるまで』とは正反対の作風だが、こちらもメッセージ性が強く、斜め上からの問題提起型風刺SFとも言える。要所要所でちゃんと見せ場をつくりつつ、最終章「大侵略」ではスカッとする名場面とともに、ならばどういう文明なら持続可能なのかという問題に一定の答えを出すあたりはさすが。
AIが重要な役割を果たすSFミステリ系の長編が3冊。我孫子武丸『ライフログ分析官』(光文社)★★★½は、ライフログが普及した近未来の日本を舞台に、そのデータ分析を担当する検察庁の特別事務官・高藤望が主人公。要は警視庁SSBC強行犯係の進化形みたいな設定で、細部までよく考えられていて、すぐにでもドラマになりそう。もっとも、ミステリ色の強い一話完結パートは前半で終わり、後半はさらに進化した技術(帯にある「過去視を可能にし、時間をも操るテクノロジー」)を核に、大きな敵との戦いに雪崩込む。ドラマ的に言うと最終回スペシャル前後編に突入するのが早すぎるというか、もう少しゆっくり進めてもよかった気が。惜しい。
田中空『忘らるる惑星』(新潮文庫nex)★★½は、『未来経過観測員』に続く第二長編。主人公のミカサは、すべての事件をAIが裁く未来社会でAIの判決を再確認する役割を負う人間のレフリー(逆VAR?)。ある事件の記録に疑問を抱いたことから世界の秘密の一端に触れてしまい、やがて追われる身に──というディック的サスペンスを導入に、後半は大仕掛けな真実が明らかになる。
高谷再『この罪を消し去ってください』(集英社)★★★½は、第10回ジャンプホラー大賞〈金賞〉受賞作。著者は「打席に立つのは」で第16回創元SF短編賞を受賞した新人で、これが初の単著になる。舞台は高度なAIが生徒を管理しサポートするミッション系の私立女子高。かつて姉が転落死を遂げたこの高校に入学した果穂は、その死の真相を知り、AIとともに姉の最後の願いを叶えようとする......。よくある学園ものかと思いきや後半は驚愕の急展開。SF味も意外と強い。
最後の一冊、椎名誠『超巨大歩行機ゴリアテ』(集英社)★★★は、北政府ものの連作短編集。「5年ぶりにファン待望のSFを上梓」とか、「SF小説の金字塔、伝説の『アド・バード』の世界観が再び!」とか、やたらSF推しの帯を見ると隔世の感ですが、おなじみの元傭兵・灰汁が(主に戦闘機械人間ガギと一緒に)旅をする道中ものが大半を占める。灰汁がガギの「人間化率を調べてみよう」と言い出す「ニンゲン証拠博物館」がしみじみと可笑しい。
(本の雑誌 2026年4月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
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