四世代の男たちの労働者人生『マテニ10号』
文=橋本輝幸
黄晳暎『マテニ10号』(姜信子、趙倫子共訳/白水社上下)は一九四三年生まれの韓国作家の集大成的大作だ。本国でベストセラーとなり、国際ブッカー賞(ブッカー賞の翻訳文学部門)にもノミネートされた。ソウル特別市南部の街、永登浦を主な舞台に、四世代の男たちの労働者人生が社会や政治と密接にからみあう。著者は「産業労働者」たちが韓国文学において十分に光を当てられてこなかったと感じ、それを本書を書く意義とした。日本が韓国で軍事目的もあって鉄道建設に資本を注ぎ、湿度が高く住むにはいまいちだった永登浦は開発されて駅もできる。主人公の家系も技術者や機関士として鉄道産業を支える労働力になった。四代目は工場労働者として労働運動に身を投じる。
本書は研究書や歴史書並みに情報量が多く、できごとが淡々と客観的に語られていく。著者は満州で生まれ、幼児期に永登浦に家族で移住した。一九八九年に北朝鮮に渡航して国家保安法に引っかかり、欧米での亡命生活を経て韓国では服役を余儀なくされた。本書では彼がどうしても人に共有したかった知られざる世界、もはや韓国国内ですら忘れられつつある過去が読者に共有される。
ジョヴァーニ・マルチンス『太陽に撃ち抜かれて』(福嶋伸洋訳/河出書房新社)もまた育った土地に根ざした短編集である。著者は一九九一年ブラジルのリオデジャネイロ北部に生まれ、南部のファベーラ(不法居住地)で育った。十代前半まで学校教育を受けた後はさまざまな職を転々とし、二〇一三年にワークショップへの参加をきっかけに小説家の道に進み、二〇一八年に本書でデビューした。飾らない口調で平易に書かれており、すでに複数の言語に翻訳されている。訳者解説によれば、そもそもファべーラは、十九世紀にブラジル各地から兵士として召集された者たちやリオ中心部の都市開発で住居を失った貧困層が、街の外の丘の斜面などに住みついて形成されていったものだそうだ。無法地帯ゆえに現代では麻薬密売の温床となっている。銃も日常の存在だ。収録短編の中には、ファベーラに暮らす若者が警察から逃げたり、危険人物と見なされたり、薬物にふける話もあれば、のんきな大学生たちが裕福な外国人と誤認されて強盗に遭い、必死に抵抗や逃亡を試みる話もある。作品の多くが一人称で生活のリアルを率直に切りとっている。
『マテニ10号』と『太陽に撃ち抜かれて』は誰もが共感できる作品ではないし、小説技巧や派手なドラマを見られるわけではない。しかし写真家が被写体を選び、長年撮り続けることで生まれるような凄みがある。
ホラー・幻想小説に分類されるケイトリン・R・キアナン『溺れる少女』(鯨井久志訳/河出書房新社)も謎がすっきり明らかになる小説ではない。本書は、語り手わたしことインディアの手記という体裁である。狂気にとらわれた母と祖母を持ち、自分も精神科に通う彼女は執筆しながらここ数年を振り返っている。同居していたガールフレンドのアバリン。水辺の近くの車道にずぶ濡れでたたずんでいた(かもしれない)エヴァ。語り手と二人の女性との出会いと別れの細部の真偽はもはや不確かだ。絵画や小説への多数の言及、水妖や狼に対する興味にあふれた文章は、興味と関心を収集して脳内に詰めこんで生きるしかない者にとってリアルな現実だ。
グアダルーペ・ネッテル『一人娘』(宇野和美訳/現代書館)は、二〇二三年に国際ブッカー賞にノミネートされた長編だ。メキシコ出身の著者ネッテルは日本ではこれまで二〇二一年に『赤い魚の夫婦』が、翌年『花びらとその他の不穏な物語』が翻訳されている。主人公ラウラとその親友アリナは、子を持たず自由に生きてきた。しかしアリナはメキシコに戻って結婚し、妊娠する。ところが胎児には異常が発見され、出産まもなく死亡するだろうと診断される。おまけに奇蹟的に子どもは生きのびる。一方ラウラは、近所に住む母子家庭の母親ドリスと、母に激しく当たる息子ニコラスと出会い、二人と深い関係を築いていく。
友人の実体験を許可を得て題材にしたというこの物語は、子どもとの遭遇をはじめとしたコントロール不能なできごとに満ちている。日本での既刊にはマジックリアリズムや幻想怪奇小説風のオブセッションを感じる要素があったが、今回はほぼ現実的な物語だ。ただし現実的な生活の中にも、不穏な占いの結果や、診断がはずれるという奇蹟はまぎれこんでいる。本筋に関係ない細部にも著者の観察眼が発揮されている。
ガエル・ファイユ『ジャカランダの樹』(加藤かおり訳/早川書房)はラッパーや歌手としても活動する著者が、名声を得たデビュー作『ちいさな国で』以来八年ぶりに発表した長編小説だ。語りの巧みさやテンポもよく、若い世代からも人気なのが納得の出来である。フランス人の父とルワンダ出身の母の間に生まれた語り手のミランは、母親からルワンダについて何も聞かされないままフランスで育つ。両親の離婚を機に初めてルワンダを訪れ、のちに法学部でルワンダの裁判を研究対象に選ぶ。だが母親は彼がルワンダについて知見を深めるのに否定的だ。研究はいまいちの出来で評価されず、フランスに帰らずルワンダでずっとうだつの上がらない生活を続ける。一九九四年、フツ族によるツチ族の大量虐殺が起こった国で、ミランはその凄惨な思い出をしばしば聞く。読者は主人公と共にルワンダの知人に情を抱いては、知識が乏しい外国人として唐突にショックを受ける羽目になる。体験装置としての役割を見事に果たした作品だ。
(本の雑誌 2026年4月号)
- ●書評担当者● 橋本輝幸
1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。- 橋本輝幸 記事一覧 »






