数学×SF×純文学でつながる短編集『花ざかりの方程式』
文=大森望
日経「星新一賞」受賞作4本のうち3本がAIを使って書いた作品だった─という話を日経がまたぞろ記事にしてバズっている。しかし、"ほぼAI"作品が最終に残って驚いた前回と違って、いまはもう、全然AIを使わないほうが珍しい。その実力を知りたい人は、樋口恭介『Executing Init and Fini』(早川書房)★★★½をどうぞ。全19編から成る連作で、LLMが書いた文章が8割を占めるという。通読した印象は、円城塔『Self-Reference ENGINE』の退行版というか厨二病版? SF的に面白いのは、導管の圧を翻訳して記録した植物たちの会議録とか、自分が生まれる前に死んだ父親(時間子理論研究者)と娘が時を超えてやりとりする話とか。アイデアと文章はいいけどオチが弱いのは生成AIの弱点か。あとがきには指示文も載ってて、そのままChatGPTに投げるとそれっぽい短編が即座に生成されて楽しい(「宇宙の崩壊が観測されたのは、われわれの暦で言えば、まだ発明されていない昨日のことである」云々)。こうなるとあとはもう著者のセンスと趣味が合うかどうかですね。
大滝瓶太『花ざかりの方程式』(河出書房新社)★★★★も、円城塔(初期型)っぽい全9編の短編集。数学×SF×純文学を軸に、宇宙のすべては演算で解けることを証明した架空の数学者アイゲンベクターなどを通じ、いくつかの作品がゆるやかにつながる。「誘い笑い」は、1976年に結成された夫婦漫才コンビ、脳みそ弱夫・弱子の評伝というスタイル。カルヴィーノ『見えない都市』の朗読から始まるネタ「見えない都道府県」のスベりっぷりが(共感性羞恥で)なんともいたたまれない。「白い壁、緑の扉」は、ウエルズ「白壁の緑の扉」を著者が自分で訳して自作の中に組み込んだ(というか現代小説化した)、『高慢と偏見とゾンビ』的マッシュアップ小説。この方式で一冊つくれそう。巻末の表題作は、「(ナビエ・ストークス方程式の)桜塚展開二次の項には(現実に)花が咲く」という言葉から天才数学者・桜塚八雲の半生をたどる。
翻訳アンソロジーが2冊。ズデニェク・ランパス編・平野清美編訳『チェコ21世紀SF短編集』(平凡社ライブラリー)★★★★は、『チェコSF短編小説集』『同2』に続く最終巻。07年〜24年に発表された7編を収める。巻頭のパヴェル・フリッツ「アーサー・ブルックスを愛したもの」は宇宙生物との遭遇を描く古典的なSFホラー(題名ネタバレ?)だが、この懐かしさがむしろ新鮮。巻末を飾るマルチン・ギラル「融点」は、チェコ版『PHM』みたいなハードSF。太陽に巨大な暗部が生じて地球気温が低下。(改変歴史世界の)崩壊しなかったソ連は原因究明のため、位相ジャンプ理論を編み出した物理学者を宇宙船に乗せて太陽へと送り込む。解説によるとチェコSFの新作は2024年だけで100冊も出ているそうで、立派なSF大国かも。チェコSF長編も読みたい。
ジョナサン・ストラーン編『星の海を駆ける 新世代スペース・オペラ傑作選』(中原尚哉他訳/創元SF文庫)★★★½は、ユーン・ハ・リー、A・マーティーン、レナルズ、レッキー、ド・ボダール、チェンバーズなど当代人気作家の14作品を集める。そもそも短編はスペオペに向かないので長編シリーズのスピンオフが多いうえ、私的ベスト3のうち2本、バッケル「禅と宇宙船修理技術」とアンダーズ「時空の一時的困惑」はJ・J・アダムズ編『黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選』既収録なのでやや印象が悪い。残るベスト1本は巻末のティドベック「スキーズブラズニルの最後の旅」。巨大ヤドカリ生物を利用した老朽生体宇宙船が新しい殻に引っ越す話で、ヤドカリ船が宇宙SFのメタファーだと思って読むと含蓄が深い。辺鄙な惑星で造られた世間知らずのロボット2体の独り立ちを描くT・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」は21年のヒューゴー賞短編部門受賞作。
ハヤカワ文庫JAから、ともに小学館ライトノベル大賞優秀賞出身の新鋭二人による書き下ろし長編2冊が同時刊行。新馬場新『月面スローンズ 王と制服』★★★½は、月の王を目指す高校生が運営する11カ国が覇を競う人口1千万の月面都市アルテミスが舞台。国家運営手腕が試される陣とり合戦を背景に、消滅寸前の弱小国アマトに配属された15歳の主人公・弦木雅日が理想めがけてまっすぐ突き進む姿をさわやかに描く。せめて小説ではこんなリーダーに活躍してほしい。詠井晴佳『最高糖度をきみに』★★★は、13歳の少女の姿をしたホログラム(虚体)「みあめ」との出会いを描く王道ロマンス。もっとも、彼女と夏を過ごしたのは主人公だけではなく、「みあめ研究会」の調査では70例が確認されている。This Man ならぬ This Girlだが、みあめ体験者の共通項は幸福度スコアが低いこと。設定はユニークで、SF的な理屈も用意されている。
町屋良平『IDOL』(太田出版)★★★½は、日プ的なサバ番の合宿審査落選組で結成された6人組ボーイズグループ8koBrights(エコブラ)に加わった双子の未来人を描くタイムトラベルSF青春小説。ボーイズアイドル研究のため学生が過去に赴くという設定はコニー・ウィリス(+時かけ)風。デビュー曲が「Time9ake」で代表曲が「Three-Body」とか、感情移入を否定するヤシロアキ理論とか、SF的な小ネタ多数(後半には大ネタも)。しかし本題はめっちゃリアルかつ魅力的に描かれるK-POP系日本人男子グルの日常とファンダム文化。「発光する、ら!」の掛け声がすばらしい。
(本の雑誌 2026年6月号)
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- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »







