6人の"リーリー"が被る差別と無理解

文=橋本輝幸

  • 雪の如く山の如く
  • 『雪の如く山の如く』
    張天翼,濱田 麻矢
    集英社
    2,420円(税込)
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  • 預言者の歌 (ハヤカワ・プラス)
  • 『預言者の歌 (ハヤカワ・プラス)』
    ポール・リンチ,栩木 伸明
    早川書房
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  • すべての石に宿る神 (ハヤカワ・プラス)
  • 『すべての石に宿る神 (ハヤカワ・プラス)』
    カミーラ・シャムジー,河内 恵子
    早川書房
    3,960円(税込)
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  • 半分の半分の半分
  • 『半分の半分の半分』
    チョン・ウニョン,米津 篤八
    講談社
    2,640円(税込)
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 張天翼『雪の如く山の如く』(濱田麻矢訳/集英社)は二〇二二年に出版された短編集から六篇を翻訳したものである。著者は一九八〇年代半ばに中国の天津で生まれ、現在は北京在住。豆瓣という中国の読書メーターのようなサービスで国内フィクション部門の年間ベストに選ばれたそうだ。収録作の多くには女性の受ける差別や無理解、男性からの加害のエピソードがあり、他人には言いづらい話という雰囲気をまとっている。なお各話の主人公はすべて「リーリー」という名前だが、漢字表記はそれぞれ異なる。皆どこにでもいそうな女性たちだがまったく異なる個性や嗜好や経験を持つ。
 収録作はいずれも迫真。巻頭の「ただ座りたいだけなのに」では、叔父一家の養女となり、後に生まれた実の息子とは扱いが異なる大学生が主人公である。親にお金を出してもらえず、彼女は帰省の際に長距離の在来線で指定席もなしに帰る羽目になる。声を上げることのできない遠慮がちな女性が被る、不快で不安な長時間の旅模様が描かれる。「スイマー」は同じプールに通ううちに縁のできた二人の女性の話だが、主人公の抱く好意は実らず、関係は途切れてしまう。ただし本作は終盤で明かされる、脇役のプールスタッフコンビの思わぬ過去と関係性によって希望を残した結末になっている。「雪山」の主人公は、知人の結婚式に参列するため結婚を前提にしていたボーイフレンドと地方へ旅行に来る。後半に明かされる過去の経験の重さと、その心理的な傷の表現の強烈さが印象的だ。
 二〇二六年五月に早川書房が「現代文学の到達点」をテーマにした新叢書ハヤカワ・プラスを立ち上げた。主要文学賞受賞作や気鋭の作家を扱っていくようである。第一回配本の一作目は、二〇二三年にブッカー賞を受賞したポール・リンチ『預言者の歌』(栩木伸明訳/早川書房)。右傾化が進みファシズム国家となったアイルランドで、夫と子供を持つ科学者の女性の生活が壊れていくさまが描かれる。社会が徐々に変わり、そしてその異常に市民が慣れ、家や残された家族のために国外脱出にも踏み切れないうちに、生活が破滅に向かう描写が痛ましい。爆撃や内戦までもが日常になっていく過程は読んでいて背筋が寒くなる。主人公が状況を受け入れたり受け流そうとするばかりで、展開の地味さや遅さを耐えがたく思う読者もいるとは思うが、その長く遅い物語はゆるやかに未来が閉じていくディストピア社会のテンポそのものなのである。
 第一回配本の二作目はカミーラ・シャムジー『すべての石に宿る神』(河内恵子訳/早川書房)である。構成や語りの順序も練り上げられ、リーダビリティが高くスリリングな小説に仕上がっている。時代は二十世紀の前半、主要人物は三人いる。一人はイギリス人女性のヴィヴことヴィヴィアン。彼女は裕福な家庭で考古学への情熱を自由に育み、現在のパキスタンにあるペシャワールの発掘調査にも赴く。もう一人は第一次世界大戦で英国のために兵士として従軍したペシャワール出身のパシュトゥーン人のカイユーム。彼は戦闘中の負傷で片目と大事なインド人の友を失った。最後のひとりはヴィヴを手伝う十二歳の少年として登場するナジーブ。旺盛な好奇心と知性の持ち主で、自ら英語の本を読んでいる彼はカイユームの弟でもある。家族から奇人と思われ、忠告を受けながらもヴィヴとナジーブは古代の遺跡に魅了され、研究に並外れた情熱を注ぎ込む。三人の運命はナジーブが成長した十年後もう一度交錯するが、そのころちょうどインド独立運動によってペシャワールの情勢は緊迫していた......。当時の女性ならではの苦労、民族的マイノリティや多民族国家の日常が織りこまれた作品だが、テンポや構成がみごとでスリリングな歴史小説として仕上がっている。残念ながら文芸賞は無冠だったようだが、読みごたえのあるドラマティックな物語で見逃せない。登場人物の心情も繊細に描写されていて胸を打つ。
 チョン・ウニョン『半分の半分の半分』(米津篤八訳/講談社)は作家歴二十五年以上のベテランによる十年ぶりの小説集である。著者はここ十年の間にスペイン料理店を開いたり、三度も南極を訪れたりしていたというのだから、行動力が尋常ではない。さて巻頭作「私たちは私たちの味方となって」からして素晴らしい。大学時代の友人の娘へのインタビューという形式をとりながら、並行してインタビュアーの自省や友人への思いが語られる構成で読者を引きこむ。続く「父親になっておやり」では、ろくでもない父親が母親と仮面離婚して別居すると言い出して語り手はすっかりあきれてしまう。しかし母には母なりの愛と思いがあり、娘に自分を犠牲にしたかわいそうな人とは思われたくないようだ。母がかつて父(語り手の祖父)から言われた「父親になっておやり」という意表をつく発言が、意図をくわしく示されることはないままに余韻を残し、一筋縄ではいかない愛と思いを浮かび上がらせる。
 表題作「半分の半分の半分」は、伯父から聞かされて「小説には書くな」と釘を刺された話という体裁だ。小柄だが元気で魅力にあふれた祖母にまつわる、奇妙で背徳的でだいぶおぼろげな逸話が語られる。著者は自分が想像した情景を末尾で描き、真実からは遠いかもしれないその解釈を半分の半分、ひょっとするとそのさらに半分と呼ぶ。こうした真実のゆらぎや、別の人物視点から見たときのズレを扱った作品が多数収録されている。そもそも、本書には同名の登場人物がたびたび出てくるが、その情報は一貫していない。人間観察の鋭さやあえて書かない匙加減も見事。

(本の雑誌 2026年7月号)

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●書評担当者● 橋本輝幸

1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。

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