ダン・ブラウンの新刊は危機一髪のアクション小説! でも、テーマは奥深いのだ

文=小山正

  • シークレット・オブ・シークレッツ 上
  • 『シークレット・オブ・シークレッツ 上』
    ダン・ブラウン,越前 敏弥
    KADOKAWA
    2,750円(税込)
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  • シークレット・オブ・シークレッツ 下
  • 『シークレット・オブ・シークレッツ 下』
    ダン・ブラウン,越前 敏弥
    KADOKAWA
    2,750円(税込)
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  • 血痕の記憶
  • 『血痕の記憶』
    ジェニファー・コーディー・エプスタイン,唐木田 みゆき
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • 空に浮かぶ密室 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『空に浮かぶ密室 (ハヤカワ・ミステリ)』
    トム・ミード,中山 宥
    早川書房
    2,750円(税込)
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  • 小路の奥の死
  • 『小路の奥の死』
    エリー・グリフィス,上條ひろみ
    東京創元社
    1,320円(税込)
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 おお、ダン・ブラウンの新刊だ! 最新長篇『シークレット・オブ・シークレッツ』(越前敏弥訳/KADOKAWA上下)は、八年ぶりの〈ロバート・ラングドン教授〉シリーズである。舞台はチェコの古都プラハ。ラングドンと恋人キャサリンは、彼女が書いた精神科学の新刊原稿をめぐって、正体不明の敵に命を狙われる。はたして彼女の新著の何が危険なのか?

 ラングドンは危機一髪の嵐。アクション・シーンが連打され、街の地下に潜む巨大研究所でのチェイスも、地下道小説風で楽しい(そういうジャンルがあるのです)。そして浮かび上がる人類史上最大の「秘中の秘」。前作『オリジン』の延長のような物語で、一言でいえば「人間の生と死」「意識と脳」の謎を扱っている。難しくいうと、実験的神秘主義と宇宙意識とは何か? という、深淵なテーマに挑んだ小説なのだ。

 実はこうした題材を扱う小説・映画は珍しくない。むしろ既視感すらある。でも、「だからつまらない」ということはなく、うさん臭く思える題材を真正面から取り上げ、それをマッド・サイエンティストと狂った諜報員が暗躍するハデな謀略小説として再構築したのがミソなのだ。

 ブラウンは既存の書籍等からネタを集め、小説を書くヒントにしていることは、よく知られている。例えば、『ダ・ヴィンチ・コード』はノンフィクション『レンヌ=ル=シャトーの謎』(M・ベイジェント他著・邦訳は柏書房)や、著作『マグダラとヨハネのミステリー』(L・ピクネット他著・三交社)等から発想を得たとされる。今回も関連文献が作中で示され、ブラウンは手の内を明かしているが、そのリストには無いけれど、この新作とセットで読むと面白さが倍増するのが、『火星+エジプト文明の建造者[9神]との接触』The Stargate Conspiracy(L・ピクネット他著・徳間書店)というオカルティックな奇書だ。もしかしてこれも、今回の元ネタの秘密の一冊だったりして!?

 もちろん、そんなマニアックなセット読みはしなくてもいい。一気呵成に読める大娯楽小説なので、冬休みの読書に最適なのだ。

 人間の意識と脳の不思議をあつかう小説をもう一冊。アメリカの作家ジェニファー・コーディー・エプスタインの長篇『血痕の記憶』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、世にも奇怪な歴史ミステリである。

 舞台は十九世紀末のパリ。サルペトリエール精神病院は、ヒステリー病棟、錯乱患者病棟等の設備を有し、三千人超の患者を収容する巨大病院都市だ。しかも無法地帯で、患者への制裁・暴力が日常茶飯事。孤児への虐待も起き、患者と医師の不義密通も珍しくない。そんなある日、病棟の付添人で元ヒステリー患者ロールは、搬送されてきた少女ジョセフィーヌに出会う。殺人の記憶をもつジョセフィーヌは、群衆がこぞって見学する見世物小屋さながらの公開催眠術治療の中で、悪霊に取り憑かれたように弓なりの体位で、「あいつらが来る!」と絶叫。はたして「あいつら」とは誰か!

 殺人→捜査→謎解き→解決という単純なストーリーではなく、小説そのものが謎めいている。そもそも事件はあったのか? ないのか? 医師たちは正常なのか? 異常なのか? ジョセフィーヌも正気なのか? 違うのか? そうした渦巻く疑惑に加えて、どのページも不穏な描写にあふれ、ロールとジョセフィーヌの人間関係も紆余曲折し、耽美な様相を呈してゆく。ナンだ、コレは!──と思っているうちにクライマックスでさらに仰天。異形のグラン・ギニョール劇や、ヘンな小説が好きな方は、ぜひ。

 登場人物をして「怪奇劇場の香りが漂っている」と驚嘆させる不可能犯罪が連打されるのが、英国作家トム・ミードの長篇本格ミステリ『空に浮かぶ密室』(中山宥訳/ハヤカワ・ミステリ)。空中の観覧車での謎の銃殺、観客が注視する奇術舞台での死体出現、強固な密室の奇妙な殺人──といった不思議がてんこ盛りの事件に、奇術師の名探偵ジョセフ・スペクターが挑む。

 この種の作品は、ともすれば小説以前の〈長編クイズ〉になりがちだが、愉快な登場人物たちの造型とユーモラスな会話、練られたプロットのおかげで、読みごたえのある殺人ミステリに仕上がっている。殺人現場のトリックの解説図や、手掛かりの伏線表示、〈読者への挑戦〉が示される凝った趣向もうれしい。黄金期の謎解きモノ、特にジョン・ディクスン・カー風の密室トリック物にオマージュを捧げる作者の意気込みは半端ではない。次作も大いに期待するぞ。

 クセの強い小説ばかりだと、オーソドックスな現代ミステリが恋しくなる。エリー・グリフィスの長篇『小路の奥の死』(上條ひろみ訳/創元推理文庫)を読んでみよう。上流階級向けの総合中等学校の同窓会で、三十九歳の下院議員が殺される。死因はインスリン中毒。彼は以前から「矢が心臓を貫く絵」のついた手紙を何通も受け取っていた。有名人の男女が多数集う同窓会で何があったのか? インド系英国人で同性愛者の女性警部ハービンダーは、コスタコーヒーのエクストラショットカプチーノを心の支えに、丁寧に捜査を進める。多文化の街ロンドンに生きる彼女は、建築家メッテと教師ジーンと一緒に共同生活を送っており、捜査の合間に彼女らの日常が活写される。犯人当てミステリとしてのインパクトはやや薄味だが、丁寧な会話、きめの細かい心理描写、そして読みやすい筆致がすばらしい。

(本の雑誌 2026年1月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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