愛するものをひたむきに追求する『プレイグラウンド』の四人
文=橋本輝幸
今月はまず、リチャード・パワーズの最新長編『プレイグラウンド』(木原善彦訳/新潮社)から紹介したい。ポリネシアのフランス領マカテア島、リン鉱山として一時はにぎわったこの島も、資源をあらかた採掘しつくして人口が著しく減少していた。ところが現在、アメリカ人が海上都市の建設基地としてこの島を開発する計画が持ち上がり、島の住民たちはどう反応すべきか頭を悩ませる。「プレイグラウンド」と呼ばれるITプラットフォームを開発した大富豪トッド・キーン。学生時代、彼の親友としてチェスや囲碁をプレイし続けてきたが今はマカテア島で妻子と暮らす元文学青年ラフィ・ヤング。その妻で海と環境問題に関心の深い芸術家イナ・アロイタ。子供の頃から豊富な潜水経験を積み、家族を陸に残しても深海を探求し続けてきた老女イーヴリン・ボーリュー。主に彼ら四人の若かりし頃から現在、その人生がどのように交錯したかを描きながら、著者はインターネットや資本主義からどうしても切り離せない現代生活に目くばせする。新境地というよりはきわめて著者らしい作品で、特に登場人物たちがゲームや文学、海洋といった愛するものをひたむきに追求するパートに熱がこもっている。一方で、登場人物の描写の密度や迫真性にはやや偏りがあるのだが、結末で示唆される本書の「正体」によって描写の限界の真贋も揺らいでくるのが面白い。
イ・ユリ『ブロッコリーパンチ』(山口さやか訳/リトルモア)は、韓国でデビュー作ながら十四刷を突破した短編集だ。交際している男の片腕がブロッコリーになる表題作から、亡くなった父親の遺骨を遺言通り鉢植えに埋めると父親の声でしゃべる植物が生え、請われるがままに鉢植えを持って出かけると同様に亡き母親から育った鉢植えを持つ人に出会う「赤い実」、マイナーなアイドルの少年に心奪われて彼の成功のためなら手段を選ばない女性が、諸事情から彼のスーツケースにつかまって海を漂流し、宇宙人に確保される「ぷかぷか」など少し不思議な物語ばかり。巻末の作品「イグアナと私」の主人公は、元カレが置いていったイグアナの世話をする羽目になって途方に暮れる。しかもイグアナは死期を前にして人間の言葉を喋るようになり、彼女にたっての願いを述べる。ただし主人公たちは大人の女性ばかりで、うまくいかないことや驚くべき事態にも割と冷静に対処する。その静かな奮闘が面白おかしく、共感を誘うのだ。
チェ・ウニョンは短編小説を中心に活躍する韓国の作家で、このたび第二短編集『わたしに無害なひと』以来、日本で五年ぶりに短編集が出版された。別々の出版社から第三短編集と第四短編集が立て続けに刊行されたのである。『無理して頑張らなくても』(古川綾子訳/早川書房)には短編が十四作収録されている。前半の主なテーマはかつての友人との心の隔たりだ。わずかな溝が大きく拡大し、交流が減るにつれ関係が遠ざかったり、あるいはつい自ら距離を取ってしまったりといった、失われた親密さを振り返る物語が多い。各話の登場人物たちは、実在しないのが信じられないほどの説得力を帯びている。起こるできごとも決して劇的なものではないが、だからこそ二度と人生の軌道が交わることのないであろう関係の数々にかけがえのなさが感じられる。また、一部の作品は世間の価値観の無情や不条理を見過ごせないという話だ。ささやかなディテール描写が個人を個人たらしめている。第四短編集『ほんのかすかな光でも』(古川綾子訳/筑摩書房)には女性が受ける困難に着目した話、ケアする側とされる側をテーマにした話が目立ち、殺人事件や家庭内暴力に向き合った作品もある。表題作では、大学講師の女性と社会人になってから改めて大学で学ぶことにした女性が、突然の生理で困っているところを助けてもらったのをきっかけに互いの今までを知る。一作あたりのボリュームがアップしており、関心をより深くまで掘り下げた力作ぞろいと言えよう。
何致和『地下鉄駅』(及川茜訳/河出書房新社)は、台湾の現代文学作家で英文学の翻訳家や編集者としての経験があり、現在は大学で文芸創作を指導する著者の日本初紹介作品である。地下鉄と地下鉄に関わる人間たちの生態という着眼点がユニークだ。
台北の地下鉄駅に勤める四十代半ばの男性・葉育安は、妻に去られ、機嫌の悪い娘、認知症の母親、外国人のお手伝いと同居している。出世の見込みもない。近ごろあまりに電車への飛び込み自殺を図る事件が多く、彼はその問題を解決するプロジェクトに任命された。そこでチームは世界各国の都市における電車での自殺防止の取り組みを調べつつ、風水や宗教をふくめたありとあらゆるプランを試して人身事故の件数低減を試みるのだった。主な視点人物は葉育安だがほぼ群像劇で、彼の家族や同僚、そして各章で電車への飛び込みを決意した人物たちの事情も非常にじっくりと描かれる。年齢や性別が異なるが、いずれも都市の生活をがんばってきた者たちの描写はドキュメンタリーのように緻密だ。著者は「人がなぜ自殺するか」ではなく「人がなぜ自殺しないか」を問いたかったと語っており、登場人物たちに訪れる決壊の瞬間をいくつも書きながらも陰惨な雰囲気にはしない。何が起ころうと人生が続いていく、続けていかなくてはならないのがリアルだ。台湾文学賞と、台湾の大手書店チェーンが主催する文芸賞を二つ受賞したというのも納得できる。
以上五作、今月取り上げたのは現代人の人生や生活に筆を尽くした小説ばかりだった。
(本の雑誌 2026年1月号)
- ●書評担当者● 橋本輝幸
1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。- 橋本輝幸 記事一覧 »





