歯ごたえ満点(10!)『果てしない残響』は、英国警察小説の最先端だ!
文=小山正
歯ごたえのある本が好きだ。でも、いきなりかじると歯が欠けるので(中高年だもの)、柔らかい軽めの本から読もう。
まずは、アンデシュ・デ・ラ・モッツとモンス・ニルソンの共作長篇『死が内覧にやってくる』(久山葉子訳/創元推理文庫)から。舞台はスウェーデン南部スコーネ地方。実娘と元妻と彼女の再婚相手が住む田舎町で、病気療養中のピエテル警部は、謎の変死事件に遭遇する。地元警察のアドバイザーとして捜査に協力するが──。
フーダニットとしては凡庸で、犯人はすぐに分かる(どう考えてもアイツしかいない状況)。でも、住民たちとの触れ合いや捜査仲間とのやり取りが軽妙だし、特にピエテルのキャラがユニークだ。三つ揃いのスーツで捜査現場に行き、靴が汚れるとピカピカになるまで徹底的に磨く。まるでエルキュール・ポアロ!
作者の一人モッツは、奇抜なテクノスリラー長篇『監視ごっこ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や、ジオラマ趣味のサイコキラーを追う警察小説『山の王』(扶桑社ミステリー)などの力作を上梓してきた。まさか新作がクリスティー風のコージーとはねえ。とぼけたユーモアに満ちているのは、コメディアンという相棒の著者ニルソンの影響だろう。謎解きモノとしては薄味だが、愉快な殺人の物語としては大満足なのだ。
ジョン・グリシャムの長篇『判事の殺人リスト』(白石朗訳/新潮文庫上下)は、ほどよい歯ごたえ。フロリダ州司法審査会の調査官レイシー・ストールツが法曹界の巨悪に挑む前作『告発者』の続篇で、今回は現職判事が連続殺人鬼という設定だ。
判事は意にそぐわない者たちのリストを作り、底知れぬ執着で殺人計画を練る。そして自らの美学による殺害方法で次々に実行。さらに発覚を防ぐために、警察の捜査状況や被害者遺族の動き等を、ITを駆使したハッキングで徹底的に監視した。おかげで事件の証拠・痕跡が残らず、すべてが未解決に。しかし──父親を殺された娘ジェリが、不屈の意志で事件を洗い始める。各地の未解決殺人を丹念に調べ、事件の共通項を洗い出し、やがて謎めいた判事の存在が浮上する。どうやら彼は二十年以上も犯行を繰り返しているらしい。だが、手掛かりは曖昧。物証は皆無。かくしてジェリはレイシーに助けを求め、彼女たちの命がけの闘いが始まる。
荒唐無稽だなあ、と思いきや、でも、さすが名手グリシャム。リアルな筆致で一気呵成に読ませてくれる。中盤からは判事側の動きも語られ、倒叙ミステリ風の展開となる。英国の作家F・W・クロフツの名短篇集『殺人者はへまをする』を、重量級の迫力で描いたような味わいだ。しかし、この判事、なかなかへまをしないのだ。さあ、どうする! 判事に対峙する告発者ジェリの言動に、一点だけ腑に落ちない箇所があるものの(私は必然性が感じられなかった)、それを除けば他は文句なし。
アメリカの作家ウィリアム・ケント・クルーガーの最新長篇『真実の眠る川』(宇佐川晶子訳/ハヤカワ・ミステリ)は歯ごたえガッツリ。しかも読後は心が穏やかになる。
一九五八年のミネソタ州。大自然を有する田舎町の川辺で、ナマズに喰われた男の死体が見つかる。検死の結果、死因は銃殺。被害者は嫌われ者の地主だった。保安官をはじめ、事件に関わる住民たちは皆、複雑な過去と秘密を持ち、しかもアメリカの新旧の闇が、彼らを蝕んでいた。強烈な人種差別と偏見。先住民スー族と白人との軋轢。第二次世界大戦に従軍した元兵士たちの心の傷。子供たちを巻きこむ銃社会の恐怖。そして、それぞれの家族が抱える妄執──とまあ、やりきれない要素ばかり。しかし、そこに一条の光が差す。人間の良心を体現する奥深いキャラクターが現れ、関係者を救うために尽力するのだ。ああ、まるで菩薩のようだなあ、と感心していたら、そういえば巻頭のエピグラフが、仏典「南伝大蔵経」の引用だ。そうか、このミステリは人間の底知れぬ煩悩と、その解放を描く小説と解釈することもできる。西洋と東洋の絶妙のクロスオーバーに感心することしきりだ。
英国の作家シャーロット・ヴァッセルの長篇『果てしない残響』(山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)はMWA賞(エドガー賞)最優秀長篇賞受賞作。歯ごたえ満点(10!)の警察小説である。
テムズ川で見つかった女性の溺死体。三十年前に消えた経営者。十五年前に失踪した少女。この三つの事件が、階級と血縁に縛られた英国上流社会の闇とからみ合い、捜査は難航する。
だが悲壮感はない。飄々とした筆致。ネタ山盛りのエピソード。ほとばしるユーモア。特に捜査陣のキャラクターが溌剌としている。ジャマイカ系のロンドン警視庁のカイウス・ボーシャン警部。息が合う相棒のマット・チャン刑事。いつも愚痴をこぼすエイミー・ノークス巡査。彼ら三人のコンビネーションが抜群で、日常描写や交わされる文学談議も心地よい。さらに登場人物たちのモダンブリティッシュな食生活や、ハイテンションなファッション談議、上流階級の人々のスノッブな言動、恋愛モノの要素等が物語を彩る。多様性あふれるロンドン社会のビビッドな描写が、目くるめく読書へと誘ってくれるのだ。もちろんミステリとしても凝っており、人間関係や手掛かりが丁寧に構築され、欺瞞に満ちた犯罪の全貌が明らかになる。
これぞ現代英国ミステリの最先端なのだろう。なお本書はシリーズ第二作なので、ぜひとも一作目を訳して欲しい。噛めば噛むほど味わいがありそうだ。
(本の雑誌 2026年3月号)
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- ●書評担当者● 小山正
1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。- 小山正 記事一覧 »





