リアルを追求する東アジアの作家たち
文=橋本輝幸
今月は東アジアの作家ばかり四冊を紹介する。うち三名の作家は一九八〇年代前半から中盤の生まれで、つまり現在四〇歳前後である。
キム・メラ『わたしを夢に見てください』(吉良佳奈江訳/花伝社)は、帯にはクィア短編集と書かれた韓国文学。収録の全作にセクシュアリティが関係してくるわけではないが、大半の作品の語り手は女性で、同性愛者の女性、結婚せず子供を持たない女性、病気や障害を持つ女性たちの生活に焦点が当たっている。悲壮さはないが、複数の作品で女性の人生がいかに夫を持つことを前提に設計されてきたかがほのめかされる。戸主制度が廃止された今も、その前提を逸脱するとその家は収入や住居の面で不利になるのだ。「夕焼け」は物価高騰の中、芸術大学で出会った女性同士のカップルがなんとか貯金して、アパートの屋上部屋で同居を始める。「象の鼻」は同じ古びたマンションの共同便所でのトラブルを巡る、これまた不快な集合住宅暮らしの物語だ。「夕焼け」や「論理」は同性愛者本人ではなくその側にいる存在から俯瞰的に語られる。著者はしばしば死者に語らせるなど小説でしかできない語りを選ぶ一方、肉体や空間をよく観察したリアルな描写を得意としている。たとえば部屋の湿度や調度品まで言及は細やかだし、旧ソウル駅や家族経営のサウナまでキーとなる場所もユニークだ。
ハン・ガン『光と糸』(斎藤真理子訳/河出書房新社)は二〇二四年にノーベル文学賞を受賞したことでも話題の、一九七〇年生まれの韓国の作家ハン・ガンの受賞後第一作である。題名はノーベル賞受賞講演に由来する。受賞時点ですでに日本で数多くの作品が翻訳され、評価を受けていた作家だが、本書は小説集ではなく、講演録やエッセイ、そして詩や日記など多彩な文章を集めている。とりわけ印象に残るのは、小説を書く間の思考の過酷な道のりを記したものだ。あまり公の場に姿を現さず、ストイックに小説執筆に向かい合って生活を続ける姿を想像させる、静謐な雰囲気の本である。一部の文章は、本来は個人が背負うには大きすぎる過去や哀しみを著者がいかに小説にしていくかというヒントになっている。水滴がポタポタと滴り落ちて水瓶を満たしていくかのようにハン・ガンはひたむきに問いと回答をくりかえし、彼女なりの解を小説として練り上げていくのだ。こうして時間とエネルギーを費やす創作は、現代においてはもはや少数派だろう。本書では他者の思考や行動を想像するために新たな経験を重ねた逸話も惜しみなく開陳されている。作家の実直さとほのかなユーモアも感じられる本だ。
双雪濤『平原のモーセ』(大久保洋子訳/小学館)は中国文学である。著者は遼寧省瀋陽の出身で、名門吉林大学に進学して法律を学び、銀行に就職するという手がたい人生を歩んだ。しかし就職後も趣味として文化の愛好を続け、二〇一一年に文学賞の公募に出した作品が最優秀賞を受賞すると翌年には勤め先を辞めて作家業に専念する。本書の表題作「平原のモーセ」が百花文学賞の中編小説賞を受賞したのち一躍人気作家となったそうだ。近年、遼寧省、吉林省、黒龍江省の作家たちが活躍して「新東北文学」とカテゴライズされており、日本で既訳の作品には遼寧省出身の鄭執『ハリネズミ・モンテカルロ食人記・森の中の林』(関根謙訳/アストラハウス)がある。もちろん作家本人は出身地を選べないし、本書の著者もこのカテゴリにくくられることに興味を持たないそうだが。
さて本書は日本オリジナル編集で、第一短編集と第二短編集から選りすぐられた作品が収録されている。遼寧省の工業都市・瀋陽とその南部の貧民街を舞台にした、工場労働者とその家族の物語が目立つ。今の中国の四〇代は幼少期に貧しく未整備だった社会から便利で発展した社会への移行を経験している。ただし成長には陰りが見え、どこの先進国にも到来する少子高齢化や格差の拡大、競争主義などの問題に直面している。そんな現状で、本書は近い過去に視線を向ける。頻出テーマは親との別れやコミュニケーションの溝だ。罪や不義を回顧する展開も多く、この作家が近作ではミステリ色を強めているというのには納得した。
「平原のモーセ」と「飛行家」の二つは、本国でも短編集の表題作に選ばれていたそうで本書の白眉である。時代こそ異なるが、どちらもある家族と別の家族のかすかな交錯を振り返る。作家である語り手が、作品と友人の編集者から最近持ち込まれた原稿がどちらも同じ実在の事件をモデルにしているのではないかと問われる「北方は無に帰す」もテーマの変奏だ。
索南才譲『荒原にて』(及川茜訳/リトルモア)の著者も『平原のモーセ』の著者と同じ年齢だが、こちらは同じ中国でも青海省に生まれた蒙古族(モンゴル人)である。小学校を中退して家業の遊牧のかたわら本を読み、小説のセンスを磨いていったという経歴は双雪濤とは対照的だ。作品の日々の農作業や濃密な動物描写が目を引くし、より死や荒廃が身近にある印象を受ける。「シンハーナードンにて」では愛馬の死、そして牛が暴れた事故による母の死が回想される。「牛の囲い」は短くも鮮烈な密猟の物語。「ただ一つの音だけが」は都会から来た女との気持ちのすれ違いと語り手の暴走に近い行動の話。そして表題作はペストを媒介するネズミだらけの山へ、駆除に分け入る男たちの思い出だ。この作家もまた実体験や育った場所を素材にしながら力強く現実を描いている。今月の四冊は、必ずしも写実的とは限らないが、それぞれリアルを追求していた。
(本の雑誌 2026年3月号)
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- ●書評担当者● 橋本輝幸
1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。- 橋本輝幸 記事一覧 »




