英国ミステリの名探偵に、ケアの精神を教えてもらった!
文=小山正
文学研究者の小川公代が昨年上梓した単行本『ゆっくり歩く(シリーズ ケアをひらく)』(医学書院)を読んだ。ホルヘ・ルイス・ボルヘス、レベッカ・ブラウン、ハン・ガン等の小説が論じられ、難病の母親と生活する日々、そして、ケアの大切さがわかりやすく綴られる。文学と介護が一緒に語られるなんて、前代未聞の書籍である。
その次に手に取ったのが、英国の作家ジル・ペイトン・ウォルシュの長篇『セント・アガサが揺れた夜』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)だった。なんとこの本も介護がらみ。偶然とはいえ、ビックリ。
この本は、ケンブリッジ大学の学寮保健師イモージェン・クワイの活躍を描く本格ミステリである。学内の高い建物の壁をよじ登る危険な遊びで、転落死が発生。一年後、その事件の真犯人を告発する劇中劇が盛り込まれた『ハムレット』が上演され、キャンパスは騒然となる。
アガサ・クリスティー風の楽しいコージー・ミステリで、登場人物たちが皆、明るく元気なのがいい。しかも、高尚な文学談議と、大学内のバカ騒ぎが同居するおかしさがあり、エレガントで超下品なイーヴリン・ウォーの長篇『大転落』を思い出した(聖と俗の絶妙なブレンド!)。
特にユニークなのが、主人公イモージェンの造型だ。ミス・マープルさながらの観察眼を持つ彼女は、事件関係者の心身の健康を案じて、手を差し伸べる。友愛の心で他者に寄り添う名探偵なのだ。介護と福祉の精神に満ちた〈ケア・ミステリ〉ともいうべき本作。実は第四長篇なので、お気に召せば前にさかのぼって、他の三冊もぜひ。
これもまたケアがらみの本。英国スコットランドの作家C・S・ロバートソンの長篇『特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち』(菅原美保訳/小学館文庫)は、孤独死した住人の部屋を清掃する専門家が主人公の犯罪小説である。
ゴミが散乱し、腐敗し、溶けた肉体の残留物が寝具に付着。危険なウイルスや病原菌も付いているかもしれない。グレイスはそんな汚れた部屋を、特殊な技でクリーンナップする。しかし、孤独の哀しみを理解する彼女は、死者を弔う仕事が嫌いではなかった。そんなある日。彼女は少女失踪事件を記す古新聞を遺品に見つける。
ありがちな設定ながら、中盤以降の展開が意表を突く。グレイスは「ケアは大切だ」と考え、そう公言する一方で、それを拒否する想いも持つ。しかも周辺の事件関係者が総じてアンモラルでイヤな奴ばかり。グレイスの歪んだ独白と、醜悪な住人たちの行動が、リアルな心理小説さながらに綿々と語られるのだ。
なんともやるせない読後感で、『セント・アガサが揺れた夜』とは正反対の、「アンチ・ケア・ミステリ」といった印象。高齢化社会の今、人ごとと思えないビターな味わいも残る。でも、心のトレーニングと割り切って、暗黒の世界を疑似体験してみてはいかがだろう?
弁護士の仕事もケアのひとつだろうか? ドイツの新人作家エリーザ・ホーフェンの連作短篇集『暗黒の瞬間』(浅井晶子訳/東京創元社)は、ベルリンの刑事弁護士エーファ・ヘアベアゲンが、過去二十年に担当した九つの事件を描く司法ミステリだ。著者は、様々な事情で裁判や法律に関わる者たちの人生を深く見つめ、正義とは何か? 裁くとは? 法とは? を問う。
エーファは文学者で夫のペーターと事件を語り、そして、被告人の弁護、法の手続き、事件決着のために、熟慮の判断を下す。その結果、裁判で「えー! なぜそうなるの?」という驚くべき判決が出たり、担当被告人との間に意外なトラブルが発生したりする。しかも時に彼女は、自らの行動原理で一線を越え、司法の暗黒面に踏み込むことも厭わない。彼女の弁護士としての振る舞いは、法曹人として当然の「仕事」なのか? それとも、人として許されるのか?
かつて大岡昇平は傑作長篇『事件』や短篇集『無罪』で、同様のテーマを丁寧に綴った。だから『暗黒の瞬間』に特段の目新しさは感じられない。が、しかし、法と秩序についての正解のない疑問を、現代ミステリのスタイル、かつ今の視座で、読者に投げかけることが重要なのだろう。ムズカシそうだなあ──と思われるかもしれないが、そんなことはない。どのエピソードも読み始めたら止められない面白さ。この作者、なかなかのエンタテイナーである。
最後は明るい気分を誘うセルフ・ケア本を。アメリカの作家ロス・トーマスの長篇『悪党たちのシチュー』(松本剛史訳/新潮文庫)は、一九八三年発表の犯罪小説(本邦初訳)。毎度のことながら、ページをめくるたびにニヤニヤしてしまう。しかも最後まで。
落ちぶれたジャーナリストと政治資金調達屋という二人組が、現政権の大統領がらみのスキャンダルを調べる内に、闇社会の紛争へ巻きこまれる。
登場人物たちが皆、悪知恵に長け、裏があって、腹黒く、醜悪で、愚か。特に主人公二人を取り巻く女たちは曲者揃いだが、どこか愛嬌があって憎めない。彼らの交わす会話がいつもながらのロス・トーマス調で、皮肉や冗談が入り乱れ、かみ合わなかったり、意味があるようでなかったり、とまあ、まるでコント。くり返しギャグが多いのも愉快だ。やがて浮かび上がる事件の全貌も、これまた人を食っており(実際に物語中に、人肉を食うというアフリカの皇帝大統領のエピソードが何度も登場する)、これもまたブラックな風味。旧作ながら、天性のストーリー・テラーの逸品発掘は、とてもうれしい。
(本の雑誌 2026年4月号)
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- ●書評担当者● 小山正
1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。- 小山正 記事一覧 »





