体内に注入された謎の植物で被害者即死!こんな殺人方法は前代未聞だ!

文=小山正

  • 記銘師ディンの事件録 木に殺された男
  • 『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』
    ロバート・ジャクソン・ベネット,桐谷 知未
    早川書房
    3,960円(税込)
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  • 魔都シカモア (新潮文庫 ロ 21-1)
  • 『魔都シカモア (新潮文庫 ロ 21-1)』
    イアン・ロジャーズ,風間 賢二
    新潮社
    1,210円(税込)
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  • ペルシャ王女の棺 (集英社文庫)
  • 『ペルシャ王女の棺 (集英社文庫)』
    マハ・カーン・フィリップス,星 薫子
    集英社
    1,485円(税込)
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  • 真夜中の王 (ハーパーBOOKS)
  • 『真夜中の王 (ハーパーBOOKS)』
    タリク アシュカナーニ,鍋島 啓祐
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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 ロバート・ジャクソン・ベネットの長篇『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』(桐谷知未訳/早川書房)は大森望さんが前号で紹介済みだが、今年度ベスト級のSFミステリなので、私も触れておこう。
 神聖カナム大帝国は剣と魔法の異界。ただし厳密には「魔法」ではなく、人体の能力を特殊な薬で増強/改造する科学が発達している。海から襲い来る巨獣を阻止するための生体改変技術だが、それを悪用する殺人事件が起きる。被害者は技術省高官。何者かに毒物を注入され、それが体内で植物化。一瞬に大きな木となり、体が中からぶち破られて、即死した。
 その怪死事件に挑むのが司法省の女性捜査官アナ。彼女は引きこもりで読書狂。しかも外部の刺激を減らすため、いつも眼を覆っている。その助手ディンは見聞を完全記憶できる能力を持つ記銘師。彼らコンビの捜査で、同時期に似た殺人が大量に起きたことが判明する。
 凝ったファンタジー設定に加えて、とにかく事件がハデだ。映画『スキャナーズ』(一九八一)顔負けの人体破壊! その一方で、謎の解明は本格ミステリの王道を丁寧にゆく。火の出るような議論を経て、論理的に真相が解かれ、二転三転のひねり技まである。フーダニットとしても練られていて、真犯人は最後まで分からない。超人同士の剣術アクション・シーンも迫力満点だ。探偵コンビは「ホームズ&ワトスン」タイプだが、実はレックス・スタウトが生んだネロ・ウルフ&アーチーに近い(これは最後の「謝辞」で著者も明かしている)。彼らの丁々発止が愉快で、思わずニヤニヤしてしまった。えっ? 二冊目があるの? 早く翻訳プリーズ!
 異世界を描く作品をもうひとつ。カナダの作家イアン・ロジャーズの長篇『魔都シカモア』(風間賢二訳/新潮文庫)は、オカルト版〈私立探偵スペンサー〉を自称するフィリックス・レンの活躍を描く怪奇ミステリだ。舞台はトロントとその近郊。「夫の遺体を探して欲しい」と妻から依頼された彼は、謎のメッセージに導かれ、モンスターが徘徊する闇の世界〈ブラックランド〉に調査に赴く。
 一人称「おれ」で語るレンは、正統派ハードボイルドを気取ってハメットやチャンドラーの名を引き合いに出すが、実際は「おれは警官に六十キロワットの笑顔を向けながら言った」(八十三ページ)なんてベタな軽口を飛ばすソフト・ボイルド探偵だ。
 異界の魔力を悪用する犯罪シンジケートのボス。図書館の女性司書にして孤高のモンスター・ハンター。その相棒で引きこもりゆえにリモートのパソコン経由でしか登場しない辣腕調査官など、キャラクターも曲者揃い。銃弾をブチ込んでもビクともしない怪物たちとの死闘を描く後半は、怪奇物なのに痛快無比。「コワいのはちょっと......」という方も安心して読める、B級食堂のB定食風の怪奇ボイルドなのだ。
 次も異世界─というと語弊があるかな? 長篇『ペルシャ王女の棺』(星薫子訳/集英社文庫)を本屋で見てビックリ! なんとパキスタンの考古学ミステリだ。著者マハ・カーン・フィリップスは、パキスタン・イスラム共和国出身。英語で書かれ、英語圏で出た本とはいえ、首都イスラマバードに並ぶ都市カラチが舞台とは珍しい。これは読まねば!
 麻薬組織の隠れ家を急襲した警察は、黄金の王冠を被る古いミイラを発見する。調査依頼を受けたエジプト考古学者のグル・デラニは、その遺体が幻のペルシャ王女ではないかと推測。ミイラは証拠物件として警察に押収されるが、泥棒に奪われてしまう。
 ミイラの真贋論争やペルシャ古代史のウンチクが楽しい。加えてパキスタンの生活事情や街の風俗が活写され、南アジアの異国情緒に浸れる。その一方で、子供たちの貧困問題や、マフィアの人身売買と児童誘拐、麻薬中毒者の徘徊などの負の要素も語られる。
 奮闘するグルにも悩みが多い。失踪中の姪は気がかりだし、キャリアウーマンの彼女の前に、女性雇用促進の法律がありながらも、階層社会の歪みや偏見・差別が大きく立ち塞がる。とまあ、シンプルな邦題ながら中身は濃い。こういう世界の国々の今が見える冒険スリラーが訳されるのは、うれしいなあ。
 最後はこれまでの本と真逆の、ズシーンと重い作品。英国の作家タリク・アシュカナーニの長篇『真夜中の王』(鍋島啓祐訳/ハーパーBOOKS)は、胸クソの悪くなるような暗黒犯罪小説だ。
 児童連続殺人の顚末が、断片的に挿入される犯人が書いた犯罪小説と、父親が殺人鬼では? と疑う姉弟の探求、そして、子供を探して欲しいと親から依頼を受けた私立探偵の調査により明かされてゆく。人間の邪悪さや、狂った殺意、悪意の連鎖がこれでもかと描かれ、その惨さに胸が痛くなる。
 本作はスコットランドの作家ウィリアム・マッキルヴァニーにちなむ文学賞を受けている。ちなみにマッキルヴァニーは欧米では巨匠として名高く、彼のレイドロウ警部シリーズは、スコットランド文学の神髄が味わえる奥深い警察小説だった。しかし、軽やかな読書を否む難物ゆえに、日本ではさほど人気はない(ハヤカワ・ミステリ刊、現在は品切れ・絶版)。今回の受賞作は人間の暗黒面を鮮烈に描くという点で、マッキルヴァニー作品を思い出させてくれた。
 いや、しかし─と思う。パトリシア・ハイスミスやトマス・ハリスの小説がそうなのだが、グロテスクで陰惨な小説なのに、つい引き込まれて最後まで一気に読んでしまう時がある。私たち人間とは、「悲劇」なるものを、あえて確認せずにいられない存在なのだろう。

(本の雑誌 2026年6月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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