激アツ犯罪小説!『灰の王』が放つ熱気がすごい!

文=小山正

  • 灰の王 (ハーパーBOOKS)
  • 『灰の王 (ハーパーBOOKS)』
    S・A コスビー,加賀山 卓朗
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,639円(税込)
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  • 余命一週間の探偵として (創元推理文庫)
  • 『余命一週間の探偵として (創元推理文庫)』
    ホリー・ジャクソン,服部 京子
    東京創元社
    1,650円(税込)
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  • 隣人 (新潮文庫 ホ 25-2)
  • 『隣人 (新潮文庫 ホ 25-2)』
    シャロン・ボルトン,川副 智子
    新潮社
    1,265円(税込)
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  • スズメバチ (創元推理文庫)
  • 『スズメバチ (創元推理文庫)』
    マルク・ラーベ,酒寄 進一
    東京創元社
    1,650円(税込)
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  • フールネの市長 (シムノン ロマン・デュール選集)
  • 『フールネの市長 (シムノン ロマン・デュール選集)』
    ジョルジュ・シムノン,瀬名秀明,大林薫
    東宣出版
    2,420円(税込)
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 気温上昇とともに、翻訳ミステリ界も激アツな空気が吹き始めた。帯の宣伝文が「すべてを灼き尽くす」という長篇『灰の王』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)は、アメリカの作家S・A・コスビーの最新長篇。彼の犯罪小説は駄作がない。全部が傑作。この本も火傷しそうな熱気を感じる。

 主人公は成功した黒人投資家ローマン。彼のもとに妹から、ヴァージニア州で葬儀屋を営む父親がトラックに轢かれ、重傷を負った旨の連絡が入る。ローマンは、事件が弟の麻薬密売トラブルに起因すると知り、事態収拾に乗り出す。投資家の専門知識でギャング攻略を図るが、壮絶な返り討ちに遭う。

 容赦なく連打される血まみれの惨劇。追いつめられる兄弟と妹。主人公たちを取り巻く状況は、あまりにも絶望的で、息が詰まるほどだ。しかし、著者コスビーの筆致が美しく枯淡なので、荘厳な叙事詩を読んでいるような気分になる。そして、ローマン一家とギャングとの黒人同士の闘いは、さらに別組織のギャングと悪徳警官を巻きこんで、カタストロフィーへと突き進む。一方でローマン家の隠された悲劇が徐々に浮かび上がり、これがまた衝撃的な真相なのだ。

『灰の王』は、炭鉱町の血の抗争を描く、ハードボイルド作家ダシール・ハメットの不朽の名作『血の収穫』(一九二九)を、二十一世紀に甦らせたような現代犯罪小説だ。しかも、非情の極みを渇いたタッチで描く、見事な黒人文学でもある。今年もっとも激アツなミステリと断言しよう!

 長篇『自由研究には向かない殺人』で知られる英国の作家ホリー・ジャクソンも、今もっとも熱い作家だ。最新作『余命一週間の探偵として』(服部京子訳/創元推理文庫)は、タイム・リミット・サスペンスと犯人当ての合わせ技である。

 二十七歳の女性ジェットは、ハロウィンの晩に自宅で襲われ、頭蓋骨を損傷。脳に動脈瘤が残り、致命傷となった。手術が難しく、一週間以内の破裂と死を宣告された彼女は、残された時を幼なじみのビリーとともに、犯人捜しに奔走する。

 数日〜一週間で事件を解決すべし! という括りは、古くはJ・ラティマーの『処刑6日前』(創元推理文庫)、W・アイリッシュの『幻の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、M・H・クラークの『誰かが見ている』(新潮文庫)等の名作長篇でおなじみの設定。そんな過去作と比べてどうかな?

 結論をいうと──爽やかなバディものである点が、旧作との大きな違い。ジェットとビリーのコンビは逆境に屈せず、前向きで、彼らの関係がとても潔い。二人の距離がどう縮まるかも読みどころだ。また、犯人捜しにハイテク防犯カメラの動体検知映像を用いる現代的な趣向も楽しいし、語り口のテンポが良く、特に後半はサスペンスにドライブがかかる。死が迫る中、アクション満載となり、二転三転を経て真犯人が明かされるラストまで一気読みだった。時間制限物としての必然性や主人公の行動原理に無理がなく、ジャクソンの旧作よりも完成度が高いと思う。

 同じく英国の作家シャロン・ボルトンの長篇『隣人』(川副智子訳/新潮文庫)は、邦題はシンプルだが、物語はさにあらず。今、欧米のミステリ界で大流行りの〈ご近所サスペンス〉の系譜で、通常ならば「隣の住人が怪しくて、疑心暗鬼が募って、ハラハラドキドキ!」というパターンだが、この本の主人公と隣人は、そんな単純な関係では終わらない。読書は時に想像すらできない未知の域へ誘ってくれる。この本も余計な情報を持たずに読めば、驚きの境地に至るはずだ。よくある賛辞やホメ文句は一切無用。さあ、ダマされたと思って、ぜひ!

 ドイツの作家マルク・ラーベの長篇『スズメバチ』(酒寄進一訳/創元推理文庫)は、『17の鍵』『19号室』に続く〈刑事トム・バビロン〉四部作の三作目。起承転結の「転」だ。前二作は変化球の警察小説だったが、今回は奇抜な魔球である。

 ロック・ミュージシャンの猟奇殺人捜査に併せて、三十年前のトムの父母の謎の行動、それに巻きこまれた幼いトムと妹ヴィーの悲劇が、同時進行で描かれる。ドイツ現代史の巨大なうねりと、東西冷戦の亡霊に翻弄されるトム一家の運命やいかに!?──なんて、これまた香具師の口上がピッタリの奇天烈な作品に仕上がっている。しかも巻末、ラスト一行の〈最後の一撃〉で、さらに意外な事態に。第四巻「完結編」への引っ張りがうまいなあ。

 最後は本邦初訳のクラシック作品。ベルギー出身の巨匠ジョルジュ・シムノンの長篇『フールネの市長』(大林薫訳/東宣出版)は、瀬名秀明監修・解説〈ロマン・デュール選集〉の五冊目で、メグレ警部が登場しない普通小説である。

 葉巻工場を営む主人公ヨーリスは独力で市長の座をつかむ。しかし、私生活は平穏ではなく、家政婦マリアとの間に認知していない息子がいて、妻も夫の子とは知らない。しかも同居する二十八歳の娘は重い知的障害で、自宅介護をすべてヨーリスが担っている。妻も具合が悪く、やがて病に伏す。そんな複雑な家庭環境に加えて、政敵の娘がらみの事件の余波で、市長は心のバランスを壊してゆく。
 とまあ、寂寞としたイメージの作品だが、でも、さすがシムノン。緊迫の心理サスペンスと、劇的な人間ドラマで強烈な印象を残す。一九三九年発表の旧作ながら、この時代にかくも壮絶な介護破綻を描いていたのも驚きだ。彼の作品は奥が深く、今読んでも古くないなあ、と改めて感嘆した次第。

(本の雑誌 2026年9月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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