女子の劣等感と孤独を描く『うさぎ狩りの夜に』
文=橋本輝幸
モナ・アワド『うさぎ狩りの夜に』(下田明子訳/早川書房)はカナダの作家による日本で二冊目の著書だ。コンプレックスを抱えた主人公をめぐるダークで少しユーモラスな内容は、既刊の短編集『ファットガールをめぐる13の物語』(加藤有佳織、日野原慶訳/書肆侃侃房)とも共通する。
大学の創作科に通う主人公サマンサは、いつも固まって行動するクラスメイトの女子四人が苦手だった。裕福な家庭に育ち、女の子らしい彼女たちと自分には縁がないと思っていた。だが創作課題を完成する道のりは順調とは言えず、指導教官とは次第に疎遠になり、大学の人間関係とは無縁の親友エイヴァだけが心の拠りどころだった。ところがある日、サマンサは女子グループから突然パーティーに招待され、そこで出された得体の知れない飲み物を口にしてから彼女たちの一員になっていく。そして、よりよい創作の糧のために大学構内の野ウサギを魔術的な儀式で人間に変え、理想の男を自らの手で作り出すという常軌を逸した儀式に加わるのだ。
外見に劣等感を抱き、母を亡くし、孤独を抱えたサマンサの物語を追っていけば、読者は語られる出来事がどこまで現実で、どこからが妄想や幻覚なのかさだかではないことに気づく。すべての夢が崩壊していく終盤は圧巻だ。
グン・アヨルザナ『シュグデン』(阿比留美帆訳/春秋社)は各地の優れた現代文学を精力的に刊行する叢書「アジア文芸ライブラリー」の新刊である。モンゴル人作家による二作目の長編で、民主化以降に書かれたモンゴル文学の長編が日本で翻訳されるのはなんと本書が初めてだという。
舞台は中国・青海省、視点人物はモンゴル人の警察官という設定で、大きな仏教寺院で発見された銃痕の残る若い僧侶の遺体をめぐる事件を描く。ミステリ仕立てではあるが、捜査や謎解きには主眼が置かれていない。数々の難事件を解決してきた相棒の警察犬を伴って寺院を訪れた主人公の警察官セルジャムツ。だが警察犬は戸惑うように動きを止め、やがて寺院滞在中に息絶えてしまう。セルジャムツは妻とは冷え切った関係にあり、出身地区や部族の違いから生じる価値観の溝を感じている。思春期の娘との関係も順調でなく、相棒の犬まで失った。孤独な彼は人から見せられた日本製アダルトビデオの女優に心を奪われ、日常生活に支障をきたし始める始末。見かねた上司の勧めで休暇を取り、彼はモンゴル人の聖地へと足を延ばす。一方、亡くなった僧侶とともに寺院で仏教を学んでいた若き僧は、故人の遺族に出会ってひそかに恋してしまう。
著者は翻訳家であり詩人でもある。ソ連圏を舞台にした前作に続き、本作では中国が舞台だ。モンゴルにルーツを持つ隣国の人々を通してモンゴル人としてのアイデンティティや習俗を浮かび上がらせている。モンゴル版『薔薇の名前』と呼べなくもない本書であるが、実在の存命人物が複数登場する点や、大きな思想より個々人の心に深く寄り添っている点は大きく異なる。
カルロス・フランス『かつて楽園のあったところ』(寺尾隆吉訳/水声社)はラテンアメリカ文学で、帯の「カルロス・フランスの偉大なる文学的才能にはただただ感服するしかない」というフエンテスの絶賛が目を引く。外交官として世界各地を転々としてきた父親との記憶を、娘の視点から回想した物語だ。両親の離婚後、大学生だった語り手が異国ペルーに赴任中の父(本文では一貫して「領事」と呼ばれる)を訪ねる。そこで父は自分と同世代のインディオの血を引く女性と同居し、古い屋敷まで構え、老後はそのままこの地に定住しようとしている様子だった。今までも赴任先ごとに若い恋人をつくってきた父だが、今回は本気で結婚を考えているらしい。老いて危うさを見せる父の心身の状態と相まって、語り手は彼の行く末に不安を募らせていく。そんな折、現地でスパイの疑いをかけられた謎めいたパイロットの男を、父が自宅に滞在させる。語り手はその男に惹かれ、危うい関係にのめりこむが......。語り手の抱えていた愛への飢えが、屋敷に住む四人の関係に終わりをもたらす。現代チリ文学のヒット作というのもうなずける濃密な一冊。
ショーン・オフェイロン『オフェイロン短篇集』(若島正訳/岩波文庫)は一九〇〇年から一九九一年までほぼ二十世紀の間を生きたアイルランドの作家ショーン・オフェイロンの短編集。私は今回初めて読んだ作家だが、かつて『ミステリマガジン』や『奇想天外』といった雑誌にも翻訳が掲載されていたそうである。読んでみればキレのある短編ばかり。著者は若かりしころは民族主義者としてアイルランド独立戦争に身を投じたが、その後の内戦によって次第に失望を深め、アイルランドの大学を修士号まで取得した後、渡米してハーバード大学で学び、帰国後に作家となった人物だそうである。雑誌を創刊し、自ら編集長を務めたこともあるという。
翻訳者による解説で紹介されている「アイルランドのチェーホフ」という異名がなんともぴったりだ。市井の人々の暮らしを丹念に描きながらアイルランドらしさを追求する姿勢が全編を貫いている。しばしば語り手が地の文で長く独白を重ねる語り口が特徴的だ。一九六六年に『プレイボーイ』誌の小説部門編集者だったロビー・マコーリーに見出されたことが、著者の後期の作家活動の転機となった。不倫や未亡人との関係など人間の機微に焦点を当て、ときに情けない一幕をあざやかに描き出している。隠れた宝石という形容にふさわしい短編集。
(本の雑誌 2026年9月号)
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- ●書評担当者● 橋本輝幸
1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。- 橋本輝幸 記事一覧 »




