華文ミステリ『掃鼠嶺』は、愛と哀しみの謎解き群像劇だ!
文=小山正
今月も世界のミステリを読んで、異国の地に想いを馳せよう。可能ならば時空も越えて。まずはこの歴史ミステリから。
本邦初紹介の作家D・V・ビショップの長篇『フィレンツェに悪魔が彷徨う』(熊谷千寿訳/新潮文庫)は、イタリアの捜査官〈チェーザレ・アルド〉シリーズ第四作。おいおい、未訳の前三作を飛ばして大丈夫?──と思いきや、杞憂だった。良いのだ、これが!
一五三九年。フィレンツェ中心部で連続猟奇殺人が起きる。捜査を担うのは、熊のような風貌で、ゲイの夜間治安官アルド。優秀だが真実を探るためには手段を選ばない独断専行タイプだ。相棒ストロッキは熱意のある若い捜査官。彼の妻が名探偵顔負けの賢者で、助言が鋭い。他のキャラクターもアクが強く、例えば──諜報活動で男たちを手玉に取る辣腕の伯爵夫人。謎の悪魔払い祈祷師。人格最低の諜報活動統括官。隠蔽と排除しか考えない司法長官、等々が次々に登場する。
メディチ家が権力を持ち、権威的な教会が支配する中で、男性中心社会の競争と対立、色と欲がドロドロと渦巻き、犯罪を誘う。だからキリスト教社会の論理や理屈が飛び交うかと思いきや、そんな小難しさはない。皆の行動や心情が丁寧に描かれ、しかもLGBTQ+の視点まで盛り込まれ、歴史物とはいえ極めて現代的に仕上がっているのだ。徒歩圏内の狭い空間で展開する舞台劇風のサスペンス・スリラーながら、豊穣なオペラのような逸品だった。
次は陸続と訳される華文ミステリ。中国の作家・呼延雲の長篇『掃鼠嶺 廃駅を喰らう火群』(阿井幸作訳/二見文庫上下)は、本邦初紹介でシリーズ第八作だ。おお、今度は未訳七作をジャンプだぞ! でも、著者が後書きで「飛ばしても支障なし」とのこと。よし、読もう。
とある大都市の地下鉄の廃駅「掃鼠嶺」で、児童三人を含む四人の焼死体が見つかる。容疑者は十年前の殺人で有罪判決を受け、刑期を終え出所した男だった。警察の厳しい追及が進む一方、十年前の事件の顚末に疑問を抱くシリーズ・キャラクター六人が連携し、独自の調査で両事件を深掘りする。やがて浮かぶ仰天の真相──。
なんて書くと、よくある捜査モノ風だが、さにあらず。事件を通して中国現代社会の腐敗・堕落が告発され、その連鎖が生む巨悪が徹底的に抉られるのだ。しかも、ミステリと謎解きを愛するレギュラー陣は、単に真相を追う以外にも、片想いの恋、すれ違い、誤解、挫折、別れ、再会、といった人生の明暗を噛みしめる。豊潤な群像劇にして、哀しみのミステリなのだ。
中心的な役割の探偵の名前が著者名と同じなのは、エラリイ・クイーンを意識してだろう。だから推理と論理の探求は丹念だ。真相解明に、仮説→検証→再仮説→再検証を繰り返す。ラストの謎解きとクライマックスにも息を飲んだ。
作中でお約束のように流れる挿入歌も詩情をそそる。例えばタクシーのオーディオから音楽が流れ、曲の詩が登場人物の心情と重なり合うのだ。「歌=エンタメ」という方程式こそ、まさに中国カルチャーといえよう(懐かしい香港映画や、名作『紅楼夢』もそうだし)。そして何よりも、「善人とは何か?」「そして、悪人とは?」といった根源的な問いが、すべての生を肯定する慈悲の心として最後に結実する。ああ、このシリーズをもっと読みたいぞ。
もっか目が離せないオーストラリアのミステリ作家、ベンジャミン・スティーヴンソンの新作長編が、『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)。〈クリスマス・ストーリー〉として発表された短い作品だが、密度の濃さは相変わらずだ。「嘘をつかない信頼できる探偵」を自称する推理作家アーニーが、奇術界の怪事件に挑む。
聖夜の三日前。アーニーの元妻エリンが殺人事件の容疑者に。その直後、やはり彼女が関係するイリュージョン劇団のマジシャンが、公演中に首を切断される。
主人公が作中で、ミステリの作劇法や展開を皮肉って、読者をくすぐる趣向はいつも通り。そして、マジックネタを駆使した殺人トリックや、謎めいた遺留品メモの扱いも練られている。動く空中ゴンドラ内に事件関係者を集めて、謎解きを行うクライマックスなんて、前代未聞の視覚効果だろう。
一方、英国出身の作家P・J・フィッツシモンズの長篇『斜陽館殺人事件』(中山宥訳/創元推理文庫)は、オーソドックスな本格物。舞台は一九二八年のロンドン南イースト・サセックス。貴族社会が落日を迎える中、古いカントリー・ハウスで起きた密室殺人の謎を、「厄介事の解決屋」で知られる英国紳士アンティ・ブジュレーが解明する。
癖のある貴族や執事たちとアンティのやり取りは、二十世紀最高のユーモア作家P・G・ウッドハウス風の軽妙さがある。さらに全体の雰囲気は、ドロシー・L・セイヤーズの優雅な謎解き小説のよう(特に初期の作品群)。だから「笑い」のネタも、イーヴリン・ウォーやモンティ・パイソンのような強烈なギャグではなく、品の良いおかしさが香る。真相は意外性に乏しいが、推理の過程が丁寧なので及第点かな。それと、アンティ自身の存在が謎めいていて、今後の展開が気になる。これまた二作目が読みたいぞ。
最後は名著発掘。七十年前に亡くなった英国の怪奇幻想作家A・M・バレイジの短篇集『誰かがいる部屋』(植草昌実編訳/新紀元社)をご推奨したい。後味のよい怖さが魅力の傑作選で、一口羊羹ならぬ一口怪談といった趣き。秋の夜長に、ぜひ。
(本の雑誌 2026年10月号)
« 前のページ | 次のページ »
- ●書評担当者● 小山正
1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。- 小山正 記事一覧 »






