〝宇宙人〟アディーナの物語『プラネット・ダイアリー』

文=橋本輝幸

  • プラネット・ダイアリー
  • 『プラネット・ダイアリー』
    マリー=ヘレン・ベルティーノ,小澤 身和子
    集英社
    3,300円(税込)
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  • 死んでよ、アモール
  • 『死んでよ、アモール』
    アリアナ・ハルウィッツ,宮崎 真紀
    早川書房
    2,750円(税込)
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  • 反世界【アンチモンド】
  • 『反世界【アンチモンド】』
    ナタン・ドゥヴェール
    早川書房
    4,070円(税込)
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  • アズィズ・マイオ事件 (ブッツァーティ短篇集 4)
  • 『アズィズ・マイオ事件 (ブッツァーティ短篇集 4)』
    ディーノ・ブッツァーティ,長野徹
    東宣出版
    2,420円(税込)
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 本書で初めて日本語に翻訳された米国の作家マリー=ヘレン・ベルティーノの『プラネット・ダイアリー』(小澤身和子訳/集英社)はエイリアンの物語である。ただし超常的な話ではない。日本の作家・村田沙耶香は『コンビニ人間』や『地球星人』等の著作で暗黙の社会規範になじめない登場人物を描いた。本書の主人公アディーナもまた、規範から思いがけず逸脱してしまうアウトサイダーなのである。一九七七年に米国ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれた彼女は自分が本当は宇宙人だと知っている。ときどきファックスで母星の上官に地球の報告書を送る。地球におけるアディーナはイタリア系アメリカ人でシングルマザーの母親と二人暮らしだ。貧困とまでは言えないが、一家の暮らしは楽ではない。本書の大半はそんなアディーナの幼児期から学生時代までのエピソードに割かれている。彼女にも親友たちがいるが、常にわかりあえるわけではない。恋愛や性愛が理解できない彼女はセクシュアルマイノリティの中でも少数派だ。本書は自伝的小説できわめてゆっくり進む。子供時代の長さと比べ、故郷を離れて都会に出て老いや別れを経験するパートは短い。孤独ではないが、普通とは異なる者として二十世紀後半を成長していく体験談はとりたてて特異ではないが、普遍性を感じることも独自性を感じることも十分に可能だ。本書は全米批評家協会賞の最終候補作になりアメリカン・ブック・アワードを受賞した。

 アリアナ・ハルウィッツ『死んでよ、アモール』(宮﨑真紀訳/早川書房)はフランス在住のアルゼンチン人作家である著者が二〇一二年に発表したデビュー作。アルゼンチンの批評家や新聞からは当初から好評を得ていたという。しかし二〇一七年に英訳されて国際ブッカー賞候補作になったことで一躍知られるようになり、二〇二五年には英語圏でリン・ラムジー監督、ジェニファー・ローレンス主演の映画版『Die My Love』が公開された。さて、本書も著者の実体験の影響が色濃い小説だそうである。舞台は明かされないが、外国出身で異国で初めての子育てに疲弊している女が主人公だ。妻や母という役割に押しこめられてしまった主人公は、産後うつと思われる症状で家事が何もできなくなる。そして家族に対して憎しみを感じてしまったり、たまたま知り合った男性と関係を持ってしまったりもする。翻訳家の宮﨑真紀氏は近年スペイン語圏のホラーを多く翻訳しているが、本書はホラーやサスペンスとは言いがたい。つい思いついた考えが奔放に語られるが、そこに明らかな罪悪感がつきまとうこともない。あたかも自然現象のように、世間の倫理観では公にしがたい感情──たとえば家族に危害を加えたいと思ったり、性欲が満たされないと感じたり──を淡々と、そして堂々と書いている。自然に存在する気持ちが作家の脳内や小説の中では自由にほとばしっているのだ。書きぶりは露悪的ではない。

 ナタン・ドゥヴェール『反世界』(山﨑美穂訳/早川書房)は一九九七年生まれ、二〇二〇年小説家デビューという若き新鋭による、ゴンクール賞候補作およびルノードー賞候補作。つまりフランス文学として栄誉ある評価を得た一冊である。著者は現役の雑誌編集者・ジャーナリストでもあるそうで、本書は現代社会観察の要素が強い。社会の閉塞感、SNSで他人と自分の境遇を比べすぎてしまうこと、ネットで一瞬注目を集めた存在に対して過剰な賞賛や敵意が集中してしまうことなど本書で描かれるのはいずれも現代を生きる多くの人が知っている感覚で、フランス特有のムードではない。だが、だからこそ本書は広く受け入れられたのかもしれない。なにしろゴンクール賞の本賞で候補になっただけではなく、高校生のゴンクール賞でも最終選考に残り、複数の国の文芸賞にもノミネートされたそうである。 主人公ジュリアン・リベラはうだつの上がらない男だ。本書は彼が身投げする過程を動画配信で実況中継する衝撃的なシーンから幕を開ける。ピアノ教師やバー演奏のアルバイトでかろうじて生計を立てていた彼は、パリ郊外のランジス市で暮らしている。元恋人は最近別の男と付き合い始めた。何も良いことのない日々の中、現実そっくりなメタバースを舞台にしたオンラインゲーム『反世界』の広告が目に飛び込んでくる。彼はユーザー登録し、思いがけずそのバーチャル世界で詩人としてブレイクするが、インタビューを受けては炎上し、名誉挽回のために独裁者の暗殺を請け負うはめになる。ゲームの世界は現実より優れた別の現実ではなく現実と同様に最低で、経営者の意向に振り回され続けるものなのだ。

 今月取り上げた中で唯一、現代の生活以外を扱っているのが一九七二年に亡くなったイタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの短編集『アズィズ・マイオ事件』(長野徹訳/東宣出版)である。ブッツァーティ短編集第二期シリーズの第一巻にあたる本書は、初期・中期の三つの短編集から未訳作品を残らず集めたものだという。白い長衣をまとったアラブ人の幻影を見るようになった語り手が砂漠への憧れを実感しながらも、自らが実際にそこへ行くことはないだろうと悟る「南の影」。狩られる立場と狩る立場の両側からイノシシの最期を書いた「老いたイボイノシシ」。そびえる山が見える町で、法律で山を見たり言及したりすることが禁止される「山は禁じられた」。そして絶大な権力をふるう大公ですら及ばない通知が大公の手からムーア人の親衛隊長を奪う表題作など、まだ日本語で紹介されていなかった魅惑的な掌編を味わえる。

(本の雑誌 2026年8月号)

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●書評担当者● 橋本輝幸

1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。

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