ボクシングから駅伝までスポーツ三昧だ!

文=東えりか

  • 怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ
  • 『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』
    森合 正範
    講談社
    2,090円(税込)
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  • 箱根駅伝-襷がつなぐ挑戦 (単行本)
  • 『箱根駅伝-襷がつなぐ挑戦 (単行本)』
    読売新聞運動部
    中央公論新社
    1,870円(税込)
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  • 箱根駅伝は誰のものか: 「国民的行事」の現在地 (1043;1043) (平凡社新書 1043)
  • 『箱根駅伝は誰のものか: 「国民的行事」の現在地 (1043;1043) (平凡社新書 1043)』
    酒井 政人
    平凡社
    1,045円(税込)
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  • スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか (集英社新書)
  • 『スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか (集英社新書)』
    西村 章
    集英社
    1,144円(税込)
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  • マッチョ介護が世界を救う! 筋肉で福祉 楽しく明るく未来を創る!
  • 『マッチョ介護が世界を救う! 筋肉で福祉 楽しく明るく未来を創る!』
    丹羽 悠介
    講談社
    1,540円(税込)
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 ボクシング、駅伝、サッカー、ラグビー...。年末年始はスポーツ観戦三昧という人は多かっただろう。

 森合正範『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(講談社)はスポーツノンフィクションとはこうでなくちゃという熱い作品だ。

 言わずもがなだが、井上尚弥は日本が誇る天才プロボクサーで、2023年12月26日、主要四団体(WBA、WBC、IBF、WBO)のバンタム級とスーパーバンタム級2階級の統一王者となった。戦績は26戦26勝KO勝ち23という驚異的な強さだ。その戦績はこれから先もさらに伸びるだろう。となると井上尚弥自身のドキュメンタリーは現在進行形だ。

 ならば何を取材するか。著者は井上が「怪物になる」前から強さを実感した敗者11人(12戦)にスポットライトを当てる。

 第一章のタイトルは「「怪物」前夜」。2013年4月16日、当時日本ライトフライ級1位の佐野友樹は、プロになって2戦2勝を挙げている20歳の井上と闘い10ラウンドでTKO負けしている。

 試合のあと、一人の記者がもし井上が他の世界王者と闘ったら、どうなるか?と問うと「井上と闘うなら今しかない。来年、再来年になったらもっと化け物になる。歯が立たなくなるぞ」と応えている。その後、一試合ごとに強くなっていく井上を予言しているのだ。その言葉どおり、向かうところ敵なしの強さは恐ろしいほどだ。

 不思議なのは負けた選手たちがインタビューを嫌がらないことだ。それほど井上の強さは普通じゃないらしい。試合後にあんなにきれいな顔をしている選手がいままでいただろうか。本書は伝説の一冊になる。

 この本のあとどうしても読みたくなったのが、年末に文庫化された第52回大宅壮一ノンフィクション賞受賞の山本草介『一八〇秒の熱量』(双葉文庫)だ。

 井上とは真逆のミドル級B級ロートルボクサー、米澤重隆が現役を続行するためには、37歳になるまでの9か月間でチャンピオンの称号を得なくてはならない。その闘いを追うという、言うなれば日本版「ロッキー」。併せて読むと面白い。

 三が日の楽しみといえば駅伝。特に二日と三日に行われる箱根駅伝の熱狂はすさまじいものがある。今年は100回記念ともあって報道もヒートアップしていた。下馬評では圧倒的に強いと言われた駒澤大学を抑え、往路復路とも青山学院大学が2年ぶり7度目の優勝を飾った。

 読売新聞運動部『箱根駅伝 襷がつなぐ挑戦』(中央公論新社)は戦後の大会で記録と記憶に残る選手や監督、チームと名勝負を8章に分けて紹介していく。

 箱根駅伝をきっかけに世界的なランナーになった選手、抜きつ抜かれつの名勝負、常勝軍団を作った監督や区間賞保持者などがエピソードとともに紹介される。特に記憶に残るのは往路の最後、箱根の急坂を登る「山の神」たちだ。彼らの「今」も知ることができる。

 だが酒井政人『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)を読むと、この国民的行事となった熱狂の裏に隠されたリアルな現実が見えてくる。

 前半は名勝負や大学ごとの特徴、予選会の厳しい戦いを紹介しているが、中盤以降は現代のアマチュアスポーツのプロ化と金銭の流れ、さらに辛口の未来への展望が語られる。

 特に東大からプロ野球選手となり現在は経済学者の小林至氏へのインタビュー、"箱根駅伝の「稼ぎ方」をお教えします"は視聴者が理想とする駅伝の姿とはかけ離れた現実をおしえてくれる。

 全国の大学に開かれているわけでなく、有望選手は奨学金などの金で引き抜かれ、アフリカ人選手を育て、主催する関東学連の密室政治で決まるというこの大会は変化するのか。一〇一回目からの変化に期待したい。

 スポーツの熱狂を利用して政治や経済の都合の悪い部分を覆い隠す行為をスポーツウォッシングという。二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックのころから聞かれるようになったこの言葉がどういう事を意味するのか。西村章『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)は、この仕組みを懇切丁寧に解説し、かつ識者たちに辛辣な意見を聞く。

 前回の東京オリ・パラ事業で贈賄による逮捕者が広告代理店と出版社など出入りの業者に多数出た。ただ逮捕されても「そんなもんだろうなあ」という空気が流れていたのは否めない。

 政府は金メダルの数や試合の熱狂をあげ連ね「成功した」としているが、開催直前に発覚した政治家のパワハラ発言や開会式プロデューサーの交代など目を覆いたくなるような醜聞があったことを忘れてはならない。

 スポーツ界の当事者からの声はほぼ聞こえてこないが、唯一と言ってもいい元柔道のオリンピアン・山口香氏のインタビューは必読。こういう空気を醸成したのは「感動をありがとう」と無邪気に言っていた我々にも問題があると気付かされる。

 スポーツが何に役立つのか。鍛え上げた身体を使う職業はないのか。丹羽悠介『マッチョ介護が世界を救う! 筋肉で福祉 楽しく明るく未来を創る!』(講談社)はボディビルダーなど筋肉を鍛えあげるコンテストに出場する選手を育成する実業団を持つ介護ビジネスを紹介している。経験者ならわかるが、介護に必要な条件の一つが「体力」だ。力持ちの男性が必要なことがなんと多いことか。その力持ちを育成して介護に結び付けたアイデアが素晴らしい。筋肉はこの世の全ての人を裏切らない。

(本の雑誌 2024年3月号)

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●書評担当者● 東えりか

1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「婦人公論」「ミステリマガジン」「読売新聞」など多数。TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」で本の紹介コーナーを担当。ノンフィクションを中心に、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本、もちろん小説も、何でも読む。新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表。

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