津波で亡くなった外国人をたどる『涙にも国籍はあるのでしょうか』
文=東えりか
元日の奥能登地震は13年前の東日本大震災を思い起こさせた。被害の大きさに愕然としつつ、もう大地震は日本のどこで起こってもおかしくない事実を改めて突きつけられた。
『涙にも国籍はあるのでしょうか』(新潮社)の著者、三浦英之は、東日本大震災直後に宮城県南三陸町に赴任し、現地を取材した日々を朝日新聞に連載。後に『南三陸日記』を発表した新聞記者である。『災害特派員』や『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』など精力的に関連本を上梓している。
本書はさらに取材を続ける中で、あの震災で亡くなった外国籍の被害者数が厚生労働省と警察庁では違っており、正確に把握できていないことを知る。それはなぜかを探り被害者や遺族を尋ねた記録である。
ここで語られる八人の外国籍犠牲者のひととなりや最期の様子は、時間が経ったから語ることができたのだろう。亡くなった彼らを哀しむのは同胞だけではない。外国人労働力として地元に溶けこんでいた彼らは、仲間や家族ぐるみのつきあいをしていた近所の人たちから悼まれていた。
外国人労働者の子供たちを取材したルポが10月に出ていた。
『移民の子どもの隣に座る』(朝日新聞出版)は三浦と同じ朝日新聞記者の玉置太郎が、一人のボランティアとして子供たちと関わった記録だ。
舞台は十年前に始まった大阪ミナミ・島之内にある学習支援教室。繁華街のど真ん中にあるこの場所に通ってくるのはフィリピン、中国、韓国、ブラジル、ペルー出身の家庭の子たちで、ボランティアは学校の授業に付いていくための勉強をみるだけでなく、一緒に遊んだりお喋りしたり、黙っているなら彼らが必要とするまで隣で座っている。
だんまりを決め込んでいた子も、そばにいるだけでだんだん口を開くようになり、徐々に悩みや相談を打ち明けることで地元に馴染んでいく。進路や国籍の問題など、行政や福祉に繋げられる意義は大きい。
さらにここに集まる日本人ボランティアのユニークさにも驚く。校長先生経験者、在日三世コリアン、市民活動系ボランティアのプロ、元会社員......。みなさんさすが大阪人、どんなときにもユーモアを忘れない。
その後、玉置は移民の国で人種のるつぼであるイギリスに留学して更に知見を広めていく。
第五章ではコロナ禍でのこの教室の存在意義が問われている。この時期に起こったことはいまの日本の縮図だと感じた。
さらに2022年11月に出版された『ボーダー 移民と難民』も思い出した。著者は『紙つなげ!』がベストセラーとなった佐々涼子。入管に収容されている難民と、技能研修生として日本で働く外国人を取材した本だ。
その佐々が11月に上梓した『夜明けを待つ』(集英社インターナショナル)は雑誌などに発表されたエッセイと短いルポルタージュ9本を併せた一冊である。
エッセイでは早くに結婚して母となり、長く母親の介護に明け暮れ、それでも書きたいと虐げられた者の姿を追ったときの気持ちを綴っている。
後半のルポの半分は、自身の日本語教師の経験からか、在日外国人の隣に座り彼らに手を差し伸べる日本人を取材している。
あと半分は宗教と祈りについての考察だ。
「悟らない」と題されたルポは、介護をしていた母を亡くし、大きな仕事も終わって文章が書けなくなったときにタイの僧院に流れ着いたときの話だ。日本とは違う「生」と密接につながったタイ仏教に触れ、悟るどころかさらに活動的になって戻ってくる話は、精力的に取材し書いている佐々さんらしいと思う。
あとがきにご自身が病魔に侵された現在を語っている。私はただご無事を祈るだけである。
笹倉明『ブッダのお弟子さん にっぽん哀楽遊行』(佼成出版社)は日本で食い詰めてタイに逃れ、67歳でチェンマイのテーラワーダ(上座部)仏教(古代インドで釈尊が説いた原始仏教)の寺に出家した直木賞作家が、息子ほど年の違う師匠とともに日本国内をさすらう旅行記である。
2017年春と18年秋の2回、日本に来ることを尻込みする寺の副住職で年若いアーチャーン(教授)を奮い立たせ、年長者というだけで「長老(トゥルン)」と呼ばれる著者は京都・奈良に旅立つ。
僧の行儀作法と戒に沿った正しい行為を"アーチャーラ・コーチャラ"というそうだ。これを守るため、真面目なアーチャーンは女性に触らぬよう、食べ物や衣類にも気を使っている。まさにアッチャコッチャ気づかいしなくちゃならない。
あの黄色い布一枚と裸足の二人連れはさぞ目立ったろうし、寒かったであろう。ただ出家僧だとわかると、日本の仏教寺院はどこもフリーパスで歓迎してくれるというのは知らなかった。
若いアーチャーンが日本の仏教との違いに戸惑いつつやがて上手く受け流していく姿はさすが僧として最速の出世を遂げただけのことはある。
お経は何を教えているのか、その解説が非常に興味深かった。煩悩を捨てきれない著者は、この先どうなるのか、気になる。
朝野富三『昭和留魂録 戦犯一一四五名、四三五六日の処刑誌』(展転社)を知ったのはSNSだ。本書に収められている「戦争犯罪とは何だったのか」を読みたくて買ったのだが、本書の4/5を占める戦後に処刑されたBC戦犯や自決、病死した兵士の処刑日暦に圧倒された。
戦後生まれの著者が信用できる名簿を調べ上げ、手紙や辞世の句などを添えて時系列で作成。戦争を二度と起こしてはいけないという祈りの書である。
(本の雑誌 2024年4月号)
- ●書評担当者● 東えりか
1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。
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