"平凡すぎる"顔のポールとにわかトリオががんばる!

文=柿沼瑛子

  • 有名すぎて尾行ができない (創元推理文庫)
  • 『有名すぎて尾行ができない (創元推理文庫)』
    クイーム・マクドネル,青木 悦子
    東京創元社
    1,430円(税込)
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  • 【象/かたど】られた闇
  • 『【象/かたど】られた闇』
    ローラ・パーセル,国弘 喜美代
    早川書房
    4,070円(税込)
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  • 内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ジョアン・トンプキンス,矢島 真理
    早川書房
    1,848円(税込)
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  • 母親探し (論創海外ミステリ 313)
  • 『母親探し (論創海外ミステリ 313)』
    レックス・スタウト,鬼頭玲子
    論創社
    2,750円(税込)
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 クイーム・マクドネルのダブリン三部作の第二弾『有名すぎて尾行ができない』(青木悦子訳/創元推理文庫)が出た! 別に有名すぎてなくても、あんた尾行なんかできないじゃんと突っ込みたくなるタイトルだが、あんのじょう泥縄で探偵術の本を探して本屋の姉ちゃんにも冷笑される主人公のポール。前作のラストではハチャメチャ警官バニー、元看護師の聡明なブリジットとトリオで探偵事務所を開くはずだったのに、なぜか最初から三人はバラバラになっている。ブリジットとポールはある理由で絶交中、唯一探偵の資格のあるバニーは行方不明。ひとりぼっちのポールのもとに、チャンドラーもかくやとばかりの赤いドレスの謎の美女があらわれ、現在世間をにぎわせている大規模な不動産詐欺の当事者のひとりを尾行してほしいと依頼する。かくして国際ロマンス詐欺に騙されているのではとポールが心配する頼りない相棒フィルと、どうしようもない駄犬マギーのにわかトリオが誕生する。その一方で、ポールに頼まれたブリジットはしぶしぶバニー失踪の手がかりを追って奔走することに...。

 このシリーズ、疲れている時に読むのに最適なのは「ワニ町」と同じなんだけど、ぜひ!と積極的には薦められないところがある。例えばマツコと村上信五の『月曜から夜ふかし』のお下劣さと猥雑さが好きな人なら絶対に気に入ると思う。現場にルブタンの勝負ハイヒールを履いて乗り込んでくる大門未知子(ドクターX)のような女警視と気弱なウィルソン刑事の凸凹コンビもまたよし。ブリジットの豪快な「悲しみパーティ」という憂さ晴らしはぜひとも真似してみたいものだ。

 めったやたらなホラーには動じないわたしだが、ローラ・パーセルの『象られた闇』(国弘喜美代訳/早川書房)はとにかく怖かった! 古代ローマの温泉地があることで知られる風光明媚な観光地バースが舞台なのだが、ここに出てくるビクトリア朝時代のバースは、暗く、煤けて、わびしく、まさに沈みゆく斜陽の街といった感じで、それがまた物語にいっそうの不気味さを与えている。この怖さと暗鬱さはどこかサラ・ウォーターズの『エアーズ家の没落』をほうふつさせる。主人公は初老の切り絵作家アグネスという女性で、その場でちょきちょきとハサミを駆使して、スケッチよろしく肖像画を描くことを生業にしている。おりしも切り絵のモデルにした人物がたて続けに不審な事故死を遂げ、もしや自分の切り絵のせいではないかと、彼女が救いを求めにいくのが十一歳のアルビノの霊媒パールだ。おお、このふたりが探偵役でストーリーが進むビクトリアン・ミステリね、と思いきや物語はとんでもない方向に。複雑に絡む人間関係の妙といい、ラストはミステリ仕立てになっているし、もっと手に取りやすい文庫で出しても良かったのではないかと思う。

 太平洋に面し、カナダと国境を接する自然に恵まれた美しい町ポート・ファーロンにふってわいたような陰惨な事件が起る。ハイスクールの最終学年を迎えたダニエルが行方不明になり、八日後に切り刻まれた死体となって発見される。犯人である同級生の親友ジョナもまた遺書を残して自殺していた、というショッキングな出だしで始まるのはジョアン・トンプキンスの『内なる罪と光』(矢島真理訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。誰からも愛され、将来を嘱望されていたはずの息子がなぜ......妻に去られ、愛する息子を突然の暴力に奪われた高校教師のアイザックはほとんど人生を諦めた世捨て人同然の生活を送っているが、時折間欠泉のようにふつふつとたぎる熱い怒りを身内に感じている。そこにあらわれたのが母親に捨てられたエヴァンジェリンという十六歳の少女。少女は妊娠していたが、ダニエルの子なのかジョナの子なのかわからないという。かくして息子を亡くした五十歳の男と、十六歳の妊娠した少女との奇妙な同居生活が始まる。エヴァンジェリンの存在を介してアイザックは、自分がこうだと信じ込んでいた固い結び目のようなものが、しだいにほぐれていくのを感じる。結局加害者を心から赦すことなんてできない、でも人間は生きていくのだ、それを克服するのではなく、抱え続けながら生きていくしかないのだと彼は悟る。そして何よりも声を大にして叫びたいのが犬のルーファスの存在である! わたしは断然猫派なのだが、時折闇落ちしそうになる主人公や、不安に苛まれるエヴァンジェリンを穏やかに見守る老犬ルーファスの慈父のようなまなざしには痺れた。

 世界一赤ん坊が苦手だが家族は愛するネロ・ウルフと、有能だが惚れっぽいのが玉にキズの助手アーチーが、物故した大作家の美しく若い未亡人から奇妙な依頼を受けるというのがレックス・スタウトの『母親探し』(鬼頭玲子訳/論創社)だ。未亡人の家の軒先に赤ん坊が捨てられており、この赤ん坊は作家の子供だから育ててほしいというメモがつけられていた。ついては自分の手元で育てるつもりだが、生物学的な母親を探しだしてほしい、というのが未亡人の依頼の内容なのだが、この物故した作家の○○っぷりたるや...手を出した女たちの名前が出てくるわ、出てくるわ、というわけでネロ・ウルフは赤ん坊のオーバーオールにつけられていた珍しいボタンだけを手がかりに、人海作戦と依頼人の金をたっぷり注ぎ込んで調査に乗り出すことに。何せまだDNA鑑定がなかった時代とあって捜索は難航するが、そうこうするうちに次々と殺人事件が起る。ネロ・ウルフものを読むのは絶対に沈まない、揺れないとわかっている客船の旅客になったような、わくわくした安定感を読者に約束してくれる。

(本の雑誌 2024年5月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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