被災者個々の内面に迫る『生ける死者の震災霊性論』

文=東えりか

  • 生ける死者の震災霊性論ー災害の不条理のただなかで
  • 『生ける死者の震災霊性論ー災害の不条理のただなかで』
    金菱 清
    新曜社
    2,530円(税込)
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  • 福島第一原発事故の「真実」 ドキュメント編 (講談社文庫)
  • 『福島第一原発事故の「真実」 ドキュメント編 (講談社文庫)』
    NHKメルトダウン取材班
    講談社
    935円(税込)
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  • 福島第一原発事故の「真実」 検証編 (講談社文庫)
  • 『福島第一原発事故の「真実」 検証編 (講談社文庫)』
    NHKメルトダウン取材班
    講談社
    1,815円(税込)
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  • 戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録 (集英社新書)
  • 『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録 (集英社新書)』
    三上 智恵
    集英社
    1,320円(税込)
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  • 日本人が知らない台湾有事 (文春新書 1439)
  • 『日本人が知らない台湾有事 (文春新書 1439)』
    小川 和久
    文藝春秋
    990円(税込)
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  • 決定版 わしの研究
  • 『決定版 わしの研究』
    神山 恭昭
    小学館
    2,200円(税込)
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 最近、地震が多くないか。

 能登の地震に慄いていたら、太平洋側でも中規模の地震が頻発している。今日も茨城県で震度5弱、自宅でも震度3程度の揺れを感じた。

 自然災害だけでなく何か禍々しいものがヒタヒタと打ち寄せてきている感じがする。

『生ける死者の震災霊性論 災害の不条理のただなかで』(新曜社)は東日本大震災発生当時から、東北学院大学の金菱清教養学部教授が、被災者の気持ちや心を聞き取り、生者と死者と新たな関係性を霊性として立ち上げ、個々の内面に迫った研究書である。

 金菱ゼミの学生たちが、毎年被災者に聞き取り調査を行ったり、被災者自らに手紙を書いてもらったりした著作は「東北学院大学震災の記録プロジェクト」としてすでに10冊以上になる。

 冒頭には震災発生当日の夜の風景が描かれる。津波がいったん引いた後、普段なら電気の明かりで見えない満天の星が輝いているなか瓦礫の中を歩くと、泥水の中を一足ごと打ち上げられた夜光虫がキラキラと光りの筋を作っていったというのだ。そこに私は死者の命を感じた。

 大人にはつい昨日のような記憶だが、幼い子の1年の長さは違う。当時5歳の子は今年大学生だ。記憶を風化させたくないと大人が思っても若い人たちにとって遠い出来事になる。

 死者は災害時までは生きていたという記憶を記録しておくことは、日本人が霊の存在を糧にしていくメンタリティを読み解くことに繋がるのではないか。死者は記憶されている限り本当の死を迎えていない。私は今そう信じている。

 未だ廃炉への道が険しい東京電力福島第一原子力発電所。震災から十年後の二〇二一年三月、NHKメルトダウン取材班が『福島第一原発事故の「真実」』という七三六ページに及ぶ大著を出版し大きな反響を呼んだ。

 今回『福島第一原発事故の「真実」 ドキュメント編』(講談社文庫)と『福島第一原発事故の「真実」 検証編』(講談社文庫)の2冊に分け、親本出版後に判明した事実を加えて文庫化された。その検証編で追加された第11章から13章までの新事実の衝撃が大きく、あらたに紹介したい。

 あのとき福島第一原発で何が起こっていたのかは、既に映画やドラマ、小説などで繰り返し伝えられている。枝野官房長官が「直ちに健康被害は出ない」を繰り返していたことは間違っており、重大な局面にあった。

 日本が壊滅しなかった理由は専門家が「完璧」と信じていた設計が簡単に打ち破られ、想像もしていない幸運が重なったのだ。その事実に戦慄する。

 東京電力が出した今後の予定では、全ての廃炉が終了するのにあと20年はかかるという。新事実がまだ出てくるにちがいない。続報を期待している。

 ここ2、3年、沖縄に移住して仕事をしていた知人が引っ越している。理由を聞けば台湾有事が現実化しそうな気配がするというのだ。東京にいると辺野古の問題は耳にしても、自衛隊の基地が離島に配備されていることを知らない人が多いと思う。

『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録』(集英社新書)は、同名のドキュメンタリ映画の監督、三上智恵による反対派住民の活動を記録したルポルタージュ。2016年から南西諸島に戦力配備された自衛隊の弾薬庫の大増設や空港や港湾の軍事化に対して、どんな施設がつくられているか、何が運び込まれているか、そして反対派住民がどのような活動をしているかを詳細に記録していく。

 私が三上智恵を知ったのは前作『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)からだ。沖縄戦を知る最後の世代がどうしても残したい出来事を「今」と繋げて映画にした作品を本にしたもの。多くの人が私と同じように圧倒されこの映画は文化庁映画賞など多くの賞を受賞した。

 本作も公開直後に観てきた。館内は満席で、みな固唾を飲んで見入っている。映画の案内役でもある戦争を経験した石垣の唄者、山里節子さんの唄は言葉は分からなくても心にしみる。

 住民をだまし討ちにして、造営を繰り返す政府の卑怯さに驚き呆れ、腹が立つのを抑えられない。基地の問題は沖縄の中でも賛否両論あることは知っている。だからこそ、リアルな姿はしっかりと知っておきたい。

 では台湾有事は本当に起きるのだろうか。『日本人が知らない台湾有事』(文春新書)は安全保障の第一人者である小川和久が歴史や地政学を踏まえて、日米中、台湾の緊張状態と軍事力の差を一般にも分かりやすく分析した良書だ。Q&A方式で書かれており、各自疑問の部分から読み始められる。

 私を含め多くの人は「戦争」が本当に起こるとは信じられない。だが『戦雲』で描かれるように、準備は進んでいる。

 著者は中国が台湾に進行する可能性は少ないと見立てる。だがここ数年、一人の権力者によって戦争が起こっている。

 ぜったいに無いとは言えない戦争から安全を担保するためにはどうしたらいいのか。中国を安全な隣人にするために、出来ることはないのか。少なくとも、いま目の前にある現実は知っておくべきだと思う。

 怖い本ばかりを読んでしまい、気持ちが疲弊したところに神山恭昭『決定版 わしの研究』(小学館)が届いた。かつて椎名誠編集長が激押しした「ほそぼそ芸術家」が記録した手書き文字の「わしが興味をもつ研究」をまとめたものだ。データは著者の住む松山市の友人たち。天下国家を論じる人は世の中にそうはいない。普通は半径300メートルの知り合いからの情報で生きている。わしのための研究はめぐりめぐってあなたのための研究。でもささやかな幸せを求めることって難しい。

(本の雑誌 2024年5月号)

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●書評担当者● 東えりか

1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。

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