張國立『炒飯狙撃手』は胸アツの中華ミステリーだ!

文=柿沼瑛子

  • 炒飯狙撃手 (ハーパーBOOKS)
  • 『炒飯狙撃手 (ハーパーBOOKS)』
    張 國立,玉田 誠
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,390円(税込)
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  • 嵐にも負けず (創元推理文庫)
  • 『嵐にも負けず (創元推理文庫)』
    ジャナ・デリオン,島村 浩子
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • ウナギの罠 (海外文庫)
  • 『ウナギの罠 (海外文庫)』
    ヤーン・エクストレム,瑞木 さやこ
    扶桑社
    1,375円(税込)
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  • ミステリな建築 建築なミステリ
  • 『ミステリな建築 建築なミステリ』
    篠田 真由美,長沖 充
    エクスナレッジ
    2,200円(税込)
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 読んだ人みんなが炒飯を食べたくなるという張國立『炒飯狙撃手』(玉田誠訳/ハーパーBOOKS)、かくいう私も三回作った(笑)。いっけんキワモノっぽいタイトルだが、飯作りの名手であり、スナイパーでもある小艾をさすのにこれ以上ふさわしい呼称はあるまい。イタリアの小さな漁村にひっそりと住み、炒飯のテイクアウト店を営む小艾はスナイパーとしての指令が下ると村を出て、得意の変装をいかして市井の人々にまぎれこみ、任務を果たすとまたまた海辺の村へと帰っていく。今回も指令を受けてローマへ赴き、台湾の高官暗殺という任務を無事に果たすが、今度は自分自身が狙われていることを知る...。一方、台湾で軍人の連続不審死を追っている台湾警察の刑事老伍は定年を十二日後に控えた、絵に描いたような叩き上げの「デカ」である。台湾とヨーロッパ、いっけんかけ離れた場所にいるこのふたりがある秘密を通じてじわじわと距離を縮めていき、クライマックスで対決するまでの過程はとてもスリリングだ。警察小説とハードボイルドのいいところを掛け合わせたような作品ではあるが、やはり中華ミステリだなあと感じるのは、「食」が中心にあることだ。老伍の同僚や家族、小艾の恩師である鉄頭教官や、工作員として育てられた同期の仲間たちとの友情の核にあるのは「食」の記憶である。中国の歴史故実のミニ知識があちこちに顔を出すのも面白いし、老伍の愛読書が『徳川家康』で、彼の同僚が『八百万の死にざま』や東野圭吾を読んでいるのも笑える。ラストで小艾の炒飯のレシピが受け継がれていく場面が、とても胸アツだった。信じられないかもしれないが最高に読後感がいいのだ!

 でもって「食」といえばもちろんジャナ・デリオンのワニ町シリーズである! 実はこのシリーズ、読むのにとても時間がかかる。たとえば今回の『嵐にも負けず』(島村浩子訳/創元推理文庫)の出だしはこうだ「わたしが特別おいしいラズベリーペストリーと最高に濃いコーヒーを楽しんでいたそのとき、携帯電話が鳴った」次の文章にうつるまでに、わたしが心当たりのある店にラズベリーのペストリーとコンビニではないコーヒーをテイクアウトしに出かけたのはいうまでもない。さて、いまだに前の選挙の疑惑が晴れないシンフルタウンだが、そのシーリア新市長の長年行方不明だった夫が突然あらわれる。『ミスコン女王が殺された』で娘が殺された時すら顔を見せず、死んだとさえいわれていたのに、今さらなぜ? 戦々恐々というよりは興味津々で固唾をのむシンフルタウンの住民と婆ちゃんズたち。おりしも町をハリケーンが襲い、死体と偽札の置き土産を残していく。おまけにフォーチュンを弟の仇とつけ狙う武器商人アーマドの影がちらつき始める。正体がばれてはせっかくイイ感じになりかけているカーターとの関係はおろかシンフルタウンにいることすらできなくなる! かくしてフォーチュンに公私ともに最大の危機が訪れるのだが、彼女をがっちりと支える婆ちゃんズとの友情がいいのだ。今回はいつも短いメール越しにしか登場しないCIAのパートナー、ハリソンが大活躍する。アイダ・ベルの元スナイパーとしての面目躍如たるシーンもあるのでお楽しみに。

 さてお次はその名もずばりのヤーン・エクストレム『ウナギの罠』(瑞木さやこ訳/扶桑社ミステリー)である。イギリスにはウナギのパイやゼリーがあるので、ウナギを好むのはけっして日本人だけの専売特許ではないようだ。一九六〇年代の作品だが、この全体的に流れるひんやりとした感触はやはり北欧ミステリ独特のものだ。メインは密室殺人なのだが、個人的には殺されて当然としか思えない被害者と、彼をめぐる家族や人間模様──金で買われた花嫁、都会帰りの弟と無骨なウナギ採りの兄、阿佐ヶ谷姉妹が年老いたような詮索好きのオールドミス姉妹、ロマンチストの花屋の息子等々──が面白い。探偵役のドゥレル警部ときたら赤毛でしかも色彩感覚がめちゃくちゃときてるので、まるで歩くネオンサインのようである。それでも真相にいたるまでの二転三転、さらにはラストの大火災の場面まで、中だるみを見せることなく最後まで飽きさせない。読者はまず冒頭の人物紹介表から読んでほしい。最後の一行に爆笑すること間違いなし。

 建築探偵こと桜井京介シリーズでおなじみの篠田真由美が、事件の現場となった建築のミステリを解き明かしていくというのが『ミステリな建築 建築なミステリ』(エクスナレッジ)。日本において「異国趣味」というものが西洋館を通していかに昇華されていったかについて、実際の建築とミステリに登場する建築というふたつの視点から描いているのであるが、特筆すべきはその中でも海外編として取り上げられている『グリーン家殺人事件』『Yの悲劇』『ねじれた家』についての分析である。どれもミステリー史上に燦然と輝く名作であり、いずれも歪んだ家族から生まれた犯罪という共通点があるが、犯人はいわばその歪んだ家族が棲む「館」自体、すなわちその家を建てた「家長」の歪んだ精神を伝える「館自体が持つ意志」であるということだ──まさにあの『グリーン家殺人事件』の旧版に載っていたまがまがしい瘴気漂うグリーン家の扉絵のような。そしておそらく作者がもっとも力を入れていると思われるのがディクスン・カーの『髑髏城』。カーのケレン味あふれる舞台設定はもちろんだが、館の持つロマンチシズムがただただ幻想的で耽美であり、建築の「声」を聴く建築探偵の作者が惹かれるのもむべなるかなである。

(本の雑誌 2024年6月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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