バッタ博士の待ちに待った第二弾登場!
文=東えりか
『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』(早川書房)を読み終わって「これは目黒さんが好きな本だよなあ」としばし感慨に耽ってしまった。
同じことを吉野仁さんも感じられたようで、詳しくは「北上次郎ならこれ推すね」を参照されたし。
さて先月の研究者本特集で感じたのは、昨今、どの分野も研究は細分化されているということだ。研究者本人しかわからないことなのに、その研究がめちゃくちゃ面白そうなのだ。
バッタ博士、前野ウルド浩太郎が新書大賞を受賞し25万部を売り上げた『バッタを倒しにアフリカへ』の続編を出した。『バッタを倒すぜ アフリカで』(光文社新書)は厚さ2・5センチと値段に怯んではいけない。本書には待ちに待ったバッタ博士のフィールドワーク研究が世界中に認められたことが書かれているのだから。
前作では、世界中で莫大な損失をもたらすバッタの食害を、どう食い止めるかを明らかにするまでには至らなかった。
だが13年の地道な研究調査により、殺虫剤を使わず駆除ができる方法の基礎となるサバクトビバッタの繁殖行動が明らかにされ、権威ある学術雑誌に掲載されたのだ。
ひとりの日本人青年(そう若くも無くなってきたが)研究者によって、アフリカの人々が飢えなくなるかもしれない、ってすごいことではないか。
相変わらず文章は軽快で読みやすい。さらに誰もが楽しんでもらいたいと虫嫌いの人のために「バッタ画像抜き版」の電子書籍も作られた(110円安い)。
ノーベル賞も夢ではない研究は、掛け値なしに面白かった。
『京大地理学者、なにを調べに辺境へ? 世界の自然・文化の謎に迫る「実録・フィールドワーク」』(ペレ出版)は、その土地に生えている植物群や地層と、人々の暮らしを研究する自然地理学者、水野一晴の25年にわたる自身と指導学生の調査・研究成果であり、文明と隔絶された世界の人々の暮らしを綴る紀行文学でもある。
訪れた国は50カ国以上。多くはアフリカ地域で、ケニア山、キリマンジャロ、ナミブ砂漠だが、ヒマラヤ山岳地帯あり、アンデス山脈あり、太平洋諸島ありと八面六臂の活躍をする。
2014年、日本地理学会賞を受賞した『神秘の大地、アルナチャル アッサム・ヒマラヤの自然とチベット人の社会』(昭和堂)はひとりでヒマラヤの村に通い森林、農耕、牧畜、歴史、自然崇拝、チベット仏教などを調べ上げたという。
だからだろう、水野の研究室の学生は、基本ひとりで研究対象である村に半年から一年住み込み、民族と自然の調査をする。最初は水野が同行して村長に掛け合い、どこかに住まわせてくれるよう頼み込む。現地の生活は食事、排せつ、移動手段などすべてが過酷だ。自然地理学とはこんなに危険で無謀な研究なのか。だが危険なものほど魅力的。生まれ変わったら自然地理学者になりたい。
SNSで話題のウィキペディア三大文学をご存じだろうか。ウィキで解説される中で秀逸な記事を言い「八甲田雪中行軍遭難事件」「三毛別羆事件」「地方病(日本住血吸虫症)」を指す。
『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』(新潮文庫)はノンフィクション作家の小林照幸が1998年に上梓した同名書の26年ぶりの文庫化である。ウィキの記事の多くは小林の著作から引用されており、マニアが待ちに待った本である。
山梨県甲府盆地の一部地域に「水腫脹満」という奇怪な病気が存在していた。罹ると太鼓腹になり、瘦せ細り、介助無しで歩けなくなる。幼くして罹患すると成長が阻まれる。この病気の存在は戦国時代より知られており、その一帯に嫁ぐ女性は哀れまれていた。
実は同じような病気は日本各地に点在しており、どの地方でも手を焼いていた。
明治維新を迎え西洋医学が普通に取り入れられるようになると、水腫脹満の原因追及が始まる。寄生虫が発見されても、その感染経路が判明しない。学者たちの悪戦苦闘が始まる。
「死の貝」とは寄生虫を媒介する貝のことを指す。この病気を無くすためには駆除するしかない。では何が行われたか。
文庫化にあたり、26年前には考えられなかった補章が読ませる。読み応えたっぷりのサイエンスノンフィクションだ。
知らない世界を見たい、知りたいという欲求は抗いがたい。
長田昭二『貨物列車で行こう!』(文藝春秋)は貨物列車に魅せられたフリーライターの著者が「取材」として各地の貨物ターミナルに潜入し、その後憧れの貨物列車に同乗したルポルタージュである。
東京貨物ターミナルを隅から隅まで見学し、憧れの羽田空港下を通る貨物線を通り、シミュレーターを操作する姿はまるで子どものようだ。
乗って喜んでばかりいるわけではなく、日本全土を統括するJR貨物の社長へ経営改革や貨物輸送の未来をインタビューし、運行システムや乗務員への取材を敢行する。トラックドライバーの時間外労働規制による2024年問題が喧しいなか、貨物輸送の期待が高まっている。
貨物列車は夜走るイメージがある。真夜中にガタンゴトンと遠くを走る音を思い出す。乗れないから乗りたい。貨物列車への憧れが詰まっている。
遠くの山の中で老婦人がひとりとうふを作る。そんな御伽噺のような写真集が出た。『ひき石と24丁のとうふ』(アリス館)はカメラマンの大西暢夫が岩手県二戸市の山の中に通い詰めて撮影した本だ。90歳を超えた小山田ミナさんが二升五合の大豆から昔ながらの製法で24丁のとうふを作って一日で売り切るまでの話。なんと美味しそうなとうふだろう。
(本の雑誌 2024年7月号)
- ●書評担当者● 東えりか
1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。
- 東えりか 記事一覧 »