スリリングでユーモラスな『マクマスターズ殺人者養成学校』
文=柿沼瑛子
ルパート・ホームズって「エスケープ」や「ヒム」のルパート・ホームズ?と思って調べてみたらやっぱりあのルパート・ホームズだった!(当時はホルムズ)。そのルパート・ホームズ『マクマスターズ殺人者養成学校』(奥村章子訳/ハヤカワ・ミステリ)はその名のとおり殺したい相手を殺す方法を懇切丁寧に教えてくれる学校である。だが、そこに入った者はみな無事に卒業して殺したい相手を殺しにいくか、死体となって運び出されるかの二つにひとつしかない......。主人公のクリフの殺したい相手は、にっくき上司であり、手柄を横取りされただけでなく、彼の好きな女性や親友を自殺や破滅に追いやった、どうしようもない嫌な奴である。ついに思い余って上司を地下鉄に突き落とそうとするのだが、肝心なところで失敗してしまう。そんな彼が拉致同然に連れていかれた先はなんと殺人者養成学校だった。生徒たちにはみな殺したい相手がいて、莫大な授業料を払って入学するのだが、彼の場合は「あしながおじさん」のようなスポンサーがいる。クリフの他にも、父親を安楽死させた過去を同僚に脅される看護師のジェマ、大女優の自分にアニメ映画の吹替をさせようというプロデューサーを憎む女優のダルシー、この三人三様の奮闘ぶりがスリリングかつユーモラスに描かれていく。はたして三人は生きて卒業できるのか? 読後感は意外にも爽やかというか、大人のおとぎ話といった趣さえある。
私が子供時代LAに滞在していた一九六〇年初めの頃は、まだ「リメンバー・パールハーバー」という言葉が生きていて、夫を亡くした未亡人や、息子やきょうだいや恋人を失くした人たちが大勢残っており、日本人への風当りは決していいとはいえなかった。その時にお世話になったのが日系二世の家族である。太平洋戦争中、アメリカの敵国となった日本人は住み慣れた土地から引き離されて収容所に強制移住させられた、そうした日系一世や二世の苦難は山崎豊子の『二つの祖国』などでも読むことができるが、合衆国に忠誠を誓った日本人たちは、収容所から出て外で生活することが許された。といっても好きなところに住めるわけではなく、割り当てられた場所にほぼ強制的に移住させられ、若い男性たちはアメリカへの忠誠を示すために志願し、最も戦闘が苛烈なヨーロッパ戦線に送られた。平原直美『クラーク・アンド・ディヴィジョン』(芹澤恵訳/小学館文庫一二一〇円)の主人公アキもそうした家族を持つ日系二世の少女である。彼女の家族はようやく収容所から出てシカゴに到着したその日、前日に姉がクラーク・アンド・ディヴィジョン駅から地下鉄の線路に転落したことを聞かされる。事故それとも自殺? 事故でなければ誰かに突き落とされたのか、自殺だとしたら誰がそこまで追い詰めたのか。あんなに溌剌として、誇り高い姉がなぜ? どちらかといえば姉の陰に隠れて目立たなかったアキも、姉の死の真相を調べていくうちに、得難い親友たちを得てさらには初めての恋を経験して、のびやかな、たくましい女性へと成長していく。だが、その恋人や親友たちのボーイフレンドが戦っている相手は自分の故国でもあるのだ。
筆者が解説を書いた作品を紹介するのも面はゆいのだが、アリスン・モントクレア『ワインレッドの追跡者』(山田久美子訳/創元推理文庫)はやはり紹介せねばなるまい。舞台は第二次世界大戦後のロンドンで、戦争で傷つき、あるいは愛する人々を失くした孤独な男女たちを結びつけるのがモットーの〈ライト・ソート結婚相談所〉。元スパイでそこらの男連中よりも腕っぷしも強く、頭が切れるアイリス、夫を失ったショックで精神を病みながらも立ち直りつつある、観察力がやたらに鋭い貴族階級の未亡人グウェン。およそ対照的なふたりが活躍するこのシリーズももう四作目になるが、なんと本作ではいきなりアイリスが射殺死体で発見されるという衝撃的なオープニングで始まる(もちろん人違いだと後でわかる)。それもこれも妻持ちでありながら、次々に女に手を出す元恋人アンドルーのせいである。このクズ男の逃亡に巻き込まれたせいで、アイリスは殺人事件の第一容疑者として追われる羽目に......。このシリーズの心地良さは、身分も育ちもまったく違うアイリスとグウェンの、どんなピンチに陥っても軽口をたたきあうふたりの関係性なのだが、今回はアイリスがお訊ね者になるせいでグウェンとアイリスの間にも隙間風が......でも、どうかご安心を、とだけはいっておこう。
M・W・クレイヴンの新作『恐怖を失った男』(山中朝晶訳/ハヤカワ文庫NV)はワシントン・ポーものではなく、新ヒーロー、ベン・ケーニグを主人公とする殺戮アクション巨編(?)である。元SOGの指揮官でありながら脳の一部に損傷を負ったことにより恐怖を感じなくなったケーニグは、ロシアン・マフィアから懸賞金をかけられる身となり潜伏生活を送っている。そこに友人で元上官のミッチからある依頼を受けた彼は地獄へ行くことを決意する。さすが〈悪魔のブラッドハウンド〉の異名を取るだけあって、とにかく主人公の破壊力の凄いこと。ひたすら目的のために頭を絞り、計画を立て、殺戮し、突破していくプロセスはいっそすがすがしいほどである。主人公があわや、というところで突然、過去の体験やら殺人術の講義(?)やらが出てくるのが笑える。ワシントン・ポー・シリーズに見られるユーモアは健在で、先の『マクマスターズ殺人者養成学校』ではないが、人の殺し方や武器の種類についても詳しくなれること請け合いだ。
(本の雑誌 2024年8月号)
- ●書評担当者● 柿沼瑛子
翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。
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