結婚半年、22歳の奮闘を描く『力道山未亡人』

文=東えりか

  • 力道山未亡人
  • 『力道山未亡人』
    細田 昌志
    小学館
    1,980円(税込)
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  • 「JUNE(ジュネ)」の時代――BLの夜明け前
  • 『「JUNE(ジュネ)」の時代――BLの夜明け前』
    佐川 俊彦
    亜紀書房
    1,760円(税込)
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  • 宿帳が語る昭和100年――温泉で素顔を見せたあの人――
  • 『宿帳が語る昭和100年――温泉で素顔を見せたあの人――』
    山崎 まゆみ
    潮出版社
    1,980円(税込)
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 二〇二五年は昭和百年。今年から来年にかけて「昭和」がキーワードになることだろう。

 私は昭和の真ん中あたりに生まれた正に「昭和のおばさん」。ならば開き直ってあの時代を検証した本を紹介したい。

『力道山未亡人』(小学館)は第30回小学館ノンフィクション大賞受賞作。著者の細田昌志はかつて『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)を上梓し話題となったノンフィクション作家だ。

「力道山」という名前を聞いて、どれくらいの年代までなら「ああ、あの人ね」と思うだろう。高度成長期直前に相撲界からプロレスに転向し、米国人プロレスラーを空手チョップでなぎ倒していく姿は、敗戦に打ちひしがれていた民衆の熱狂を浴びた。

 私も幼い頃、父の膝の上でテレビ観戦していた記憶がある。

 そのヒーローがヤクザに刺された傷がもとで亡くなったのが一九六三年十二月十五日。

 このとき妻の敬子は二十二歳で結婚してまだ半年、妊娠中の身だった。残されたのは莫大な借金と力道山が描く未来のために用意された様々な会社だった。

 若き敬子の奮闘を縦軸に、力道山と関係した、時の政治、経済人、スポーツ界の名士たちの、ダークでもあり仁義を切った繋がりを横軸に描いていく。

 ノンフィクション好きならこの時代を描いた『日本航空一期生』や『赤坂ナイトクラブの光と影 「ニューラテンクォーター」物語』『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』などの名作や、その後に起こったプロレス界の離合集散の裏事情を読み解くことができるだろう。

 私も昨年、思いもかけず未亡人となり、思い描いていた将来が消滅した。若い敬子はどうやって生きてきたのだろう。

 終章に、生涯再婚せずに八十二歳の今、あるスポーツショップで元気に働く姿の写真がある。

 力道山が何を画策していたのか、昭和の裏が垣間見える労作である。

 私が「JUNE」の前身である「Comic Jun」の創刊号を買ったのは松本市にあった鶴林堂書店だった。どの場所にどう置いてあったのかも記憶にある。「マンガ少年」を定期購読していた私にしてみれば「地球へ...」を描いている竹宮恵子の表紙が目に止まらぬはずがない。思い返すと「あれがBLの始まりだったのか」と感慨に耽ってしまう。

 漫画と文章が半々で、読むところの多い雑誌だった。中島梓の評論を読み込み、美少年たちの裏話に心をときめかせた。そこから栗本薫を知り『真夜中の天使』という傑作を読んだ。

 佐川俊彦『「JUNE」の時代』(亜紀書房)は、企画、創刊そして終焉まで関わったスタッフ(後に編集長)の回顧録である。いまでこそ「元祖BL雑誌」と言われているが、私は美しい少年たちの交遊録と捉えていた(同性愛は三島由紀夫を読んでいたので知っていたが)。

 漫画も評論もひたすら面白かった。楽しみにしていたのに、いつの間にかやめたのは8号で休刊したからだと、今回知った。

「JUNE」がいまのBLブームまで続くことを栗本薫は見通していたに違いない。

 本書を読み終わった直後、萩尾望都らと同じあの雑誌に掲載していた「24年組」で、著者のパートナーでもあった漫画家のささやななえこ(ささやななえ)氏が逝去されたというニュースが流れた。「凍りついた瞳」など読み継がれていく名作は多い。ご冥福をお祈りする。

『宿帳が語る昭和一〇〇年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)は日本の温泉の魅力を専門に伝え続けている山崎まゆみが、月に一度、日本の名湯を訪ね、所縁のある物故した著名人たちのエピソードを聞き集め、その土地の歴史を辿る紀行記である。

 いわば昭和のスターたちが好んだ場所の「聖地巡礼」。彼らが何度も訪ねる理由を著者に明かすのは、名物女将や経営者たち。著者も何度も足を運び、気心知れた仲なのは文章から伺える。

 紹介されているのは西城秀樹、志村けん、樹木希林、松田優作、田中角栄、黒澤明、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ。高倉健や石原裕次郎、渥美清など昭和の銀幕スターたちも多く登場する。谷崎潤一郎、松本清張、宮沢賢治など作家たちが執筆した部屋も多くが残っている。

 山崎は遠慮しているのか、当事者を悪くは書いていないが、かなり傍若無人でも、昭和なら許された振舞いもあったようだ。

 お気に入りの温泉では誰もが裸になり、同じお湯にいる人と語り、ある人は疲れた体を休め、ある人は仕事の構想を練る。

 日本の温泉の魅力は世界に広がりつつあるようだ。この本を持って訪ね歩く姿をみかけるのはもうすぐかもしれない。

『新書へのとびら 講談社現代新書創刊60周年』(講談社無料配布)は記念のPR冊子のスケールを超え、ジャーナリストの魚住昭が講談社現代新書の歴史だけでなく、新書一般の存在意義まで踏み込んだ、読みごたえのある一冊である。

 一九六四年の現代新書創刊時、目の前に立ちはだかるのは岩波新書。この権威は現在でもある程度残っていて、学者のなかに新書は岩波しか認めない、という人もいる。

 その牙城に飛び込む講談社の天才編集者やヒット作の裏側などドキドキしながら読んだ。

 新書戦争と言われて久しい。現在は正直、玉石混交の感がある。ただ、何かを調べる時に、最初に手に取るのは新書だ。実際は出版点数が多すぎて「読むべき本」を見つけ出すのは、私にとっても至難の業である。

 冊子は大手書店などで配布されているが「講談社現代新書創刊60周年記念」のサイトからダウンロードできる。ノンフィクション好きならぜひとも一読してほしい。

(本の雑誌 2024年8月号)

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●書評担当者● 東えりか

1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。

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