興奮と驚きの支援テクノロジー最前線

文=東えりか

  • ハイブリッド・ヒューマンたち――人と機械の接合の前線から
  • 『ハイブリッド・ヒューマンたち――人と機械の接合の前線から』
    ハリー・パーカー,川野太郎
    みすず書房
    3,300円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • わたしのeyePhone
  • 『わたしのeyePhone』
    三宮 麻由子
    早川書房
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相
  • 『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』
    中原 一歩
    文藝春秋
    1,650円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 人間の証明 勾留226日と私の生存権について
  • 『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』
    角川 歴彦
    リトル・モア
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

 最近、眼鏡を替えた。本を読むのが仕事だから目は大事だ。贅沢は躊躇わない。40年近く通う眼鏡屋は私のデータをもとに、年齢と仕事の状況を鑑みて誂えてくれる無くてはならない店だ。

『ハイブリッド・ヒューマンたち 人と機械の接合の前線から』(川野太郎訳/みすず書房)の著者ハリー・パーカーは、2009年にアフガニスタン紛争に従軍、即席爆発装置を踏み両足を失った英国人だ。著者近影は義肢ではあるが杖もつかずにすっくと立っている。退役後に小説家になり、本書では自身の義肢から始まる障害者の支援器具の最前線を当事者の目線で取材していく。

 考えてみれば、何かの器具の助けなしに生活している人間はほとんどいないだろう。眼鏡、入れ歯、補聴器、車椅子、ペースメーカー......。昨今ではそこにスマホも入るかもしれない。本書では、これらのような人が生きる上で必要とする器具と技術を《支援テクノロジー》と呼ぶ。その技術の発展は目覚ましく、装着するもの(ウェア)から身体に機械を接合する(著者はハイブリッド・ヒューマンと呼ぶ)段階になりつつある。

 かつてSF世界にしかなかった異種からの移植やロボット工学や人工知能、遺伝子工学にあらたなインターフェースソフトが融合し集合体となる。

 例えば著者の義肢の膝部分は生体工学に基づくコンピュータ制御によって子どもと一緒に歩き躓いても転ばないように、予測的に重心を下に降ろす。彼の義肢のシステムすべて説明するために2ページが必要なくらいのハイテクが使われている。四肢を損失しながら生きのびた古代人は、なんらかの補助器具を考案してきた。そしていま、脳に直接接続するところまできた。

 本書で一番驚かされたのが「オッセオインテグレーション」という技術だ。義肢の場合は大腿骨とチタニウムのインプラントを直接接合してしまう。つまり取り外ししなくてもいい。

 インプラントと言えば、日本では義歯のことだと思うだろう。違うのだ。身体中のどこでも、チタンは骨と融合する。感染症のリスクはあっても、身体の一部にする魅力には抗いがたい。

 さらに痛みや感覚のコントロールは体内に埋め込まれた器具が補助する。すでに性感にまで及ぶようだ。

 本書を読むことでロボット工学学会に参加した著者と同時に共感し驚嘆することができる。彼は研究者ではなくて使用する当事者だ。自分が生活するために何が行われているのか、ここで初めて知ることになる。

 結末近くのタイトルは「サイボーグがやってくる」と「怪物たち」。行きすぎた未来を暗示させるが最終章は「金継ぎ」。日本の美とヒトとの融合だ。

 さらにリアルなのが、三宮麻由子『わたしのeyePhone』(早川書房)である。著者は幼い頃に眼病で失明した「シーンレス」エッセイスト。視覚以外の感覚を繊細に伝えてくれてきた。そんな日常を激変させたのがスマホの導入だ。まさに「ハイブリッド・ヒューマン」になった日々が綴られる。

 学生時代に障害者をいじめたとしてSNSで大炎上し、東京オリンピック開会式の音楽担当者を降板した小山田圭吾にインタビューした2021年9月の週刊文春の記事は衝撃だった。

 中原一歩『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』(文藝春秋)はこのインタビュアの著者が納得できるまで本人に当たり、関係者を訪ね、26から27年前の雑誌記事を検証した一冊。

 2021年、コロナで一年延期された東京オリンピック・パラリンピック開催直前の7月、開会式の演出を担当するクリエーターたちが発表され、その中にかつて"渋谷系"と呼ばれ人気を博したミュージシャンであり、現在でも音楽家として多くの活動に携わっている小山田圭吾の名があった。

 だが発表翌朝に書き込まれたXの投稿が炎上する。かつて雑誌のインタビューで障がいのある同級生をいじめたことを語っている、というものだ。

 1994年の「ロッキング・オン・ジャパン」と1995年の「クイック・ジャパン」に掲載されたインタビューは、過去にも繰り返し問題になっていた。本人は事実に反するとコメントはしていたが、正式に雑誌に抗議してこなかったのが仇となる。

 燎原の火のように広がった噂により小山田は演出を降板せざるを得なくなる。さらに全ての仕事を干されてしまうのだ。

 著者は緻密に事実を追っていく。ただ雑誌掲載よりさらに前の学生時代のことまで正確には追いきれない。

 小山田圭吾の真面目さが痛々しい。行ったいじめは事実無根とは言い切れない、と本人が強く思い反省し続けているからだ。SNSで殺されたタレントや漫画家のことが思い出されて仕方ない。

 あの東京オリンピックは異常だったと思う。企画された段階とは全く異質のものになってしまった。小山田はその犠牲者かもしれない。

 オリンピック汚職の告発も続き、現在でも裁判は続いている。その被告人のひとり、角川歴彦が国を相手に行う「人質司法違憲訴訟」の全貌の手記が『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア)だ。

 KADOKAWAの会長として部下と共謀のうえ元理事に賄賂を渡してスポンサー選定を依頼した疑いで逮捕されたが、終始無罪を主張した。そのため勾留は長期化、保釈請求は認められず、心臓に持病のある79歳の著者は三度倒れ二度入院。これを国連人権法に違反するとして提訴したのだ。手記を読むと確かに拷問としか思えない。基本的人権と尊厳は司法の中でどこへ消えてしまったのだろう。背筋が寒くなる告発書である。

(本の雑誌 2024年9月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 東えりか

1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。

東えりか 記事一覧 »