最高のロス・マクオマージュ陸秋槎『喪服の似合う少女』が嬉しい!
文=柿沼瑛子
今回は奇しくも「家族」と「クラシック本格ミステリ」で共通する二作がそろった。ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)というなんとも魅力的なタイトルのミステリだが、これがなんと今時「雪の山荘」ものなのだ。シーズン真っ盛りのスキーリゾートに主人公の作家アーネストを始めとするカニンガム一家が勢ぞろいする。どこかぎくしゃくしているのは、アーネストが家族の裏切り者とみなされているからだ。三年前、兄のマイケルから死体を埋める協力を求められながら、警察に彼を売ったアーネストをみな快く思っていなかった。そのマイケルが出所してくるのを家族そろって雪のスキーリゾートで迎えようという叔母の発案で始まった一族再会だったが、当然みな疑心暗鬼で不穏な空気に包まれている。そんな時に雪の中から死体が発見される。しかもまわりには火の痕跡などいっさいないのに焼死していた。おまけに一家は暴風雪に閉じ込められてまさに「雪の山荘状態」に。
連続殺人鬼、家族にまつわる犯罪の影、そのつど家族の秘密がひとつひとつ明かされ、しかもそれらが繋がりあってラストになだれこんでいくさまは痛快だ。主人公が読者に突然話しかけたり、ノックスの十戒が出てきたり、いかにもメタ・ミステリっぽいが、実はこれはミステリの体をした家族小説なのではあるまいか。章ごとに家族の秘密が明かされるたびに「ああ、そうだったのか。あんたもつらかったねえ」と読者の認識もどんどん変わっていく。そして最後に本書のタイトルの真の意味が明らかになる。ふつうミステリではこういう後出しじゃんけんは嫌われるのだが、「ぼくかぞ」の場合はこの後出しじゃんけんが見事に生きている。
ジジ・パンディアン『壁から死体?』(鈴木美朋訳/創元推理文庫)は本をちらっと見ただけでは巻末にレシピが載っているし、表紙の印象からコージーかと思いきや、意外にもホラーとクレイトン・ロースンを合わせたような本格コージーミステリであった。ヒロインはスコットランドとインドの血を引くテンペスト。一時期ラスベガスの人気イリュージョニストだったが、替え玉役キャシディの裏切りでステージは失敗、あやうく死にかけたあげくすべてを失い、父親の住むサンフランシスコに愛兎(?)アブラカダブラと共に戻ってくる。父親が経営している「秘密の階段建築社」は顧客の好みに応じて建築に隠し部屋やトリックを仕掛けるユニークな会社だが、最近あまり商売がうまくいってはいないようだ。不承不承父親の仕事を手伝い始めた初日、父と訪ねた古屋敷で何百年も封じられていたはずの隠し部屋の壁から死体が発見される。なんとそれはテンペストを裏切ったあのキャシディの変わり果てた姿だった! 実はテンペストの母、叔母も偉大なイリュージョニストだったが、いずれも事故死、謎の失踪を遂げていた。もしかしたら狙われたのは自分ではないのかと怯えるテンペストのもとに、ある夜母親の幽霊があらわれて......。
ヒロインを助ける親友アイヴィは密室・不可能犯罪のファン(ポール・アルテや島田荘司の名前が出てくる)しかもフェル博士の信奉者というのが泣ける。彼女の繰り広げる密室談義や、オリエント急行を模した会議室があるミステリ専門の図書館だの、本格ミステリ・ファンの心をくすぐる仕掛けがあちこちに出てくるのもご愛敬。大きな謎はまだ解決していないし、まだまだ気がかりも残っていて、これは次作のお楽しみということなんだろうな。ちなみに次作はなんと新本格ミステリをテーマにした読書室が出てくるそうだ。
陸秋槎の新作しかもロス・マクドナルドに捧げた作品となればこれが読まずにいられようか! 『喪服の似合う少女』(大久保洋子訳/ハヤカワ・ミステリ)の舞台は一九三〇年代の中国本土、地方都市「省城」の私立探偵・劉雅弦のもとに、省城の政治経済を牛耳るドン・葛天錫の姪である令嬢・葛令儀が訪れる。彼女は劉に失踪した学友の岑樹萱を探してほしいと依頼する。葛の無敵なお嬢様っぷりに興味を惹かれ引き受けた劉だったが、消えた岑の行方はようとして知れない。それどころか岑の本当の姿を知る者は誰もおらず、彼女の父親もまた借金を抱えて行方不明となっていた。捜査を進めていくうちに劉は調査中に死体を発見し、殺人容疑で警察に逮捕されてしまう......とにかくロス・マク・ファンなら女探偵の名前が劉雅弦(リュー・アーチャー)だし、お嬢様たちが通っている学校が聖徳蘭(サンタ・テレサ)女学校というところでピンと来るはず。探偵の劉にはどことなく若竹七海の葉村晶をほうふつさせるところがあると思いながら読み進めていたのだが、巻末の作者あとがきでP・D・ジェイムズや若竹七海の名前をあげているのを見てわたしゃ思わず膝を叩きましたね!
ロス・マクと本作品に共通するのは何といってもその独特の『静謐さ』である。杉江松恋氏も解説で指摘しているように本作は「肖像小説」つまり「ある女性の外面を描くことで、自然な形で内面にも筆が及んでいくという構造を持っている」。また一九三〇年代中国本土という激動の社会──腐敗、労働争議、共産党狩り、貧富の格差──弱い者がどんどん踏みにじられていくこの時代に生きる人々の哀しみや喜び、そうしたものすべてを包み込む独特の「静かなる肯定」が『静謐さ』を生み出しているのであり、これこそが何よりものロス・マクへの最高のオマージュであるといえる。
(本の雑誌 2024年10月号)
- ●書評担当者● 柿沼瑛子
翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。
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