夫婦共著の奇談小説『爆弾魔』がすばらしい!

文=藤ふくろう

  • 爆弾魔: 続・新アラビア夜話
  • 『爆弾魔: 続・新アラビア夜話』
    R・L・スティーヴンソン,ファニー・スティーヴンソン,南條竹則
    国書刊行会
    2,970円(税込)
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  • 王の没落 (岩波文庫 赤 746-1)
  • 『王の没落 (岩波文庫 赤 746-1)』
    イェンセン,長島 要一
    岩波書店
    1,122円(税込)
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  • アニマ
  • 『アニマ』
    ワジディ・ムアワッド,大島ゆい
    河出書房新社
    4,290円(税込)
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  • ヴァイゼル・ダヴィデク (東欧の想像力 19)
  • 『ヴァイゼル・ダヴィデク (東欧の想像力 19)』
    井上 暁子
    松籟社
    2,860円(税込)
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  • シブヤで目覚めて
  • 『シブヤで目覚めて』
    アンナ・ツィマ,阿部賢一,須藤輝彦
    河出書房新社
    2,970円(税込)
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 R・L・スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン『爆弾魔 続・新アラビア夜話』(南條竹則訳/国書刊行会)が面白い。19世紀英国を舞台に、心躍る冒険を求める3人のボンクラ紳士たちが爆弾テロリストに関わっていくプロットはもちろんのこと、成り立ちも興味深い。この小説は、『ジキル博士とハイド氏』など多くの作品を残した作家が、夫妻で書いた共著である。夫が書いた『新アラビア夜話』をベースにしながらも、ぜんぜん違う雰囲気に仕上がっている。特に、女性たちの活躍ぶりは目を見張るものがある。『新アラビア夜話』は、いわば男性の冒険物語で、女性は影が薄い。一方『爆弾魔』では、いくつもの顔を持つ謎の淑女、気骨のある老婦人といった、強くて破天荒な女性たちが、紳士たちと読者を、強烈な引力で物語へ巻きこんでいく。いちど読み始めたらとまらない疾走感や、大ボラと奇談が渦巻く世界観はスティーヴンソンらしいのに、強くて格好いい女性たちはあまりスティーヴンソンらしくない。それでも、小説として仕上がっていて、夫婦共著として完成度が高い。既存著作のファンも、そうでない読者も楽しめる、すばらしい奇談小説。

 ノーベル文学賞を受賞したヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンの代表作、『王の没落』(長島要一訳/岩波文庫)は、16世紀の北欧に実在した暴君、クリスチャン2世の治世を描いた歴史小説だ。優柔不断で衝動的な王の不安定な性格と、北欧諸国の揺れ動きが重ねて語られる。この小説では、悪名高き大粛清をした王をはじめとして、関わる人たちを破滅させるヤバい男たちが跋扈する。もうひとりの主人公である傭兵ミッケルも、恨みと衝動が原動力ですぐ犯罪にはしる(人生で絶対に関わりたくないタイプ)。彼らの不安定ぶりと衝動性には、もはや感嘆の念すらわいてくる。とくに、王が屈指の優柔不断を見せる場面は、王の精神と行動とデンマークが一体となって揺れ動く、いちど読んだら忘れられない名シーンだ。受け継がれていく血の因縁も、サーガ的でよい。荒くれる北欧のダークな雰囲気にひたれる小説だ。

 レバノン出身の作家ワジディ・ムアワッドが描く『アニマ』(大島ゆい訳/河出書房新社)は、凄惨な殺人と虐殺の記憶を渡り歩いていく、現代の地獄めぐり小説だ。妻を惨殺された男が、犯人を探す旅に出る。復讐のためではない、犯人が自分ではないことを確かめるためだ。カナダからアメリカへ犯人を追う男はやがて、故郷レバノンで体験した虐殺の記憶と邂逅する。男の地獄めぐりは二重で、しかも地続きだ。男は、殺人と虐殺の記憶、アメリカとレバノンを同時に歩いている。一見すると関係なさそうな土地を接続して、地続きにする手腕は圧巻だ。もうひとつ特筆すべき点は、生物=アニマによる語りである。チョウ、オオカミ犬、カモメなど男の周りにいる生物が男を見守り叙述する。地獄めぐり旅はつらく孤独だが、生命のにぎやかさには救いを感じる。目をそむけたくなる地獄に、目を見開いて近づき続けた、すさまじい小説。

 続いて、東欧の青春小説を2作、紹介する。1作目は、「東欧の想像力シリーズ」新刊、パヴェウ・ヒュレ『ヴァイゼル・ダヴィデク』(井上暁子訳/松籟社)である。舞台は、第二次大戦後のドイツ領グダンスク。語り手が、異彩を放つユダヤ人少年ヴァイゼルと過ごした夏を思い出している。すべてが異常な夏だった。魚が大量に死んで悪臭を放つスープが湾にたまり、人々が馬の頭の形をした彗星を目撃し、精神病院から逃げ出した男が町をにぎわせた。そしてヴァイゼルだ。少年らしからぬ少年で、神秘的で、理解の範疇を越えていた。語り手の語りは混沌としている。あの夏に起きた事件とヴァイゼルを秩序立てて理解しようとするのだが、思惑に反して、筆致と記憶は混沌へ引きずり戻される。不穏さを不穏のまま抱え、それでも手放さない執念の語りがすばらしい。アゴタ・クリストフ『悪童日記』が好きな人におすすめしたい。

 東欧青春小説2作目は、アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』(阿部賢一・須藤輝彦訳/河出書房新社)。プラハとシブヤを舞台に文学青春を繰り広げる、ポップな幻想チェコ文学だ。日本語を学び日本文学を愛するチェコ人ヤナが分裂し、プラハと東京で同時に存在している。プラハのヤナは、大正時代の日本人作家を研究する学生だ。渋谷のヤナは、日本に留まりたい思いが分裂した思念体で、誰にも見つけてもらえず、渋谷から出られない。文学ピープルの文学談義や自意識が花開く文学青春小説であり、「分裂」「境界」といったモチーフが繰り返し現れる幻想小説でもある。日本語の小説をチェコ語に翻訳し、さらに日本語に翻訳し直すといった、戻し訳小説としての面白さもある。ポップな東欧文学として楽しく読んだ。

『歩道橋の魔術師』などの邦訳がある台湾人小説家、呉明益による『複眼人』(小栗山智訳/KADOKAWA)は、海洋ゴミ問題と海洋神話が融合した、海と喪失にまつわる物語だ。台湾の沿岸に、巨大な海洋ゴミの塊が漂着する。このゴミ渦を中心に、神話的な島から追放された少年、家族を失った台湾人の文学研究者、故郷を離れた先住民族などの人生が交錯する。家族や故郷など大事なものを失った登場人物は、思い出を守ろうとする。一方、現実は容赦なく、波や開発やゴミ渦に侵食されていく。侵食と抵抗のせめぎ合いは、すべてを見つめる悲しき超越者、複眼人の語りに収斂する。現代社会の環境問題をテーマにしながらも、現実から切り離されたような浮遊感ある語りが印象的な、ノスタルジーと哀悼に満ちた小説。

(本の雑誌 2021年7月号掲載)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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