超絶スケールで暴走する『三体Ⅲ 死神永生』に茫然!

文=大森望

  • マザーコード (ハヤカワ文庫SF)
  • 『マザーコード (ハヤカワ文庫SF)』
    キャロル・スタイヴァース,金子 浩
    早川書房
    1,386円(税込)
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  • 小惑星ハイジャック (創元SF文庫)
  • 『小惑星ハイジャック (創元SF文庫)』
    ロバート・シルヴァーバーグ,伊藤 典夫
    東京創元社
    858円(税込)
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  • クレインファクトリー (徳間文庫)
  • 『クレインファクトリー (徳間文庫)』
    三島浩司
    徳間書店
    935円(税込)
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  • 万象ふたたび
  • 『万象ふたたび』
    涼元悠一 北野勇作 冴崎伸 山之口洋 西條奈加 藤田雅矢 森青花 勝山海百合 粕谷知世 渡辺球,堀川アサコ 紫野貴李、久保寺健彦 日野俊太郎 西崎憲 三國青葉 石野晶 関俊介 斉藤直子 柿村将彦
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  • 三体III 死神永生 上
  • 『三体III 死神永生 上』
    劉 慈欣,富安 健一郎,大森 望,光吉 さくら,ワン チャイ,泊 功
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 三体III 死神永生 下
  • 『三体III 死神永生 下』
    劉 慈欣,富安 健一郎,大森 望,光吉 さくら,ワン チャイ,泊 功
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 彼らはどこにいるのか: 地球外知的生命をめぐる最新科学
  • 『彼らはどこにいるのか: 地球外知的生命をめぐる最新科学』
    キース・クーパー,斉藤隆央
    河出書房新社
    2,970円(税込)
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  • Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ
  • 『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』
    ケン・リュウ,古沢 嘉通
    早川書房
    1,760円(税込)
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 各種コロナ禍本が書店の店頭を賑わす今日この頃ですが、キャロル・スタイヴァースの第一長篇『マザーコード』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½は、パンデミックによる人類滅亡とその後の小さな希望を描く終末SF(原書は昨年刊行)。ナノ粒子DNAを使った新開発の生物兵器が古細菌に複製されて感染性を獲得し、インフルエンザに似た謎の感染症としてたちまち全世界に広がってゆく。人類絶滅の危機を防ぐべく、免疫を持つように遺伝子改変した胎児が生み出され、〈マザー〉と呼ばれるロボットたちに託される......。

 小松左京『復活の日』の母性版みたいな感触もあるが、新人類の子どもがロボットの母に包まれて育つイメージはエヴァンゲリオンの影響だとか。著者は娘に誘われて創作講座に参加し50代前半で小説を書きはじめた遅咲きの新人。生化学の博士号とバイオ関連のキャリアを生かした感染パートのディテールはけっこう読ませる。

 対するロバート・シルヴァーバーグ『小惑星ハイジャック』(伊藤典夫訳/創元SF文庫)★★★は1964年にエース・ダブルで出た(当時としても)古典的な娯楽SF中篇。

 一攫千金を狙って小型宇宙船に乗り、希少資源を含む小惑星を探している青年がついに大当たりを引き当てる。だが、地球に戻ってみると、登記したはずのデータがない。それどころか自分自身に関する記録も煙のように消え失せている。どうやら敵は巨大企業らしいが、たった一個の小惑星のためになぜそんな手間を? という謎から話は予想通りの方向に進み、予想通りの結末を迎える。本文は180ページしかないのであっという間に読めてそれなりに楽しいが、懐かしさ以外の読みどころはほとんどない。

 エリザベス・ベア『剥奪する生』(大串京子、山本さをり、貝光脩訳/はるこんブックス)★★★は、著者がGoHとしてリモート参加したSFイベント「はるこん2020+1」のために作成された(はるこん恒例の)同人誌版自選作品集(カバーと本文イラストはもうひとりのGoHのシライシユウコ)。収録3篇の中でいちばん長い表題作は、氷河で見つかったネアンデルタールの遺体から知性と記憶を持つ腫瘍(〈店子〉と呼ばれる)が復活し、増殖した彼ら〈店子〉と共生することが一部の人類の間で一般化した未来の物語。〈店子〉は〈家主〉に健康で豊かな生活を保証し、高齢者や末期患者にとっての福音となるが......。死をテーマにしたシリアスな作風で、既訳の『スチーム・ガール』とはずいぶん雰囲気が違う。

 三島浩司『クレインファクトリー』(徳間文庫)★★★½は、文庫書き下ろしのロボットSF長篇。舞台は近未来の日本。7年前に無人工場地帯で起きた〝ロボットの反乱〟により無人化に急ブレーキがかかり、現地は、伝統工芸保護を目指す「あゆみ地区」へと変貌。高校を休学してこの町に移り住んだ主人公マドは、里親の千晶が、暴動を起こしたクレイン・シリーズの開発に携わっていたことを知る......。SF的な核となるのは、確率を(ごく小さなレベルで)偏らせることができる〝分水嶺〟の発見。それが〝ロボットの反乱〟の謎と結びつき、〝心とは何か?〟という中心テーマにつながってゆく。

『万象ふたたび』(惑星と口笛ブックス)★★★½は、日本ファンタジーノベル大賞の大賞・優秀賞受賞者20名が参加した電子書籍書き下ろしアンソロジー(お題は、「気象」「経済」「傷」「卓球台」のどれか)。ベストは、〝きつねちゃん〟と呼ばれていた特殊学級の女の子を軸に語り手が小学校時代を回想する涼元悠一「きつねのよめいり」。クロナガアリのコロニーに金融経済(株式公開による資金調達)が導入された顛末を描く関俊介の中篇「地の底の熱狂」もいい。SF/ファンタジー系では、北野勇作「借家惑星カメダス」、藤田雅矢「贋冬」、勝山海百合「あねさまのくつ」、斉藤直子「天使と阪堺線」などが収穫。他に、冴崎伸、山之口洋、西條奈加、森青花、粕谷知世、渡辺球、堀川アサコ、紫野貴李、久保寺健彦、日野俊太郎、西崎憲、三國青葉、石野晶、柿村将彦が参加している。

 劉慈欣『三体Ⅲ 死神永生』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳/早川書房)は、SFの歴史を変えた超絶ベストセラー《三体》三部作の完結篇。地球侵略を目論む三体文明との間に暗黒森林抑止が成立し、人類は繁栄を謳歌するかに見えたが......。前作を遥かに超えるスケールで破滅と再生を描く超弩級のワイドスクリーン・バロック。『三体』がクラーク、『黒暗森林』がアシモフなら、今回は小松左京か。「こんな大風呂敷のSFが一般読者に売れるわけないから、この巻はSFファンだけに向けて書こう」と開き直って出したらまさかの大ヒットでビックリ(大意)と著者が述懐するのも納得の暴走ぶりで、ラスト200ページの展開に茫然。

 ついでに、冬木ページでも紹介されているキース・クーパーのノンフィクション『彼らはどこにいるのか 地球外知的生命をめぐる最新科学』は、原題のThe Contact Paradox が示す通り、ファーストコンタクトがテーマ。多くのSF作品を引き合いに出しつつSETIの歴史と現状が語られる。《三体》の副読本としてもお薦め。

 最後に、ケン・リュウ『Arc アーク』(古沢嘉通編・訳/早川書房)は、一般読者向けに既訳から9篇を精選した、映画合わせのベスト集。表題作は石川慶監督・芳根京子主演で映画化され、6月25日(奇しくも『夏への扉』と同日)劇場公開される。新訳はないかわりに、監督と原作者の対談、芳根京子のメッセージつき。

(本の雑誌 2021年7月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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