『蛇の言葉を話した男』に眉間を撃ち抜かれる!

文=藤ふくろう

  • 蛇の言葉を話した男
  • 『蛇の言葉を話した男』
    アンドルス・キヴィラフク,関口涼子
    河出書房新社
    3,960円(税込)
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  • 飢渇の人 エドワード・ケアリー短篇集
  • 『飢渇の人 エドワード・ケアリー短篇集』
    エドワード・ケアリー,古屋 美登里
    東京創元社
    2,310円(税込)
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  • 幸いなるハリー
  • 『幸いなるハリー』
    イーディス・パールマン,古屋 美登里
    亜紀書房
    2,420円(税込)
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  • 『戦時の愛 (SWITCH LIBRARY)』
    マシュー シャープ,柴田 元幸
    スイッチパブリッシング
    2,750円(税込)
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  • 骸骨:ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚
  • 『骸骨:ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚』
    ジェローム・K・ジェローム,中野善夫
    国書刊行会
    4,180円(税込)
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 ファンタジーど真ん中でありながら、ファンタジーの眉間を撃ち抜こうとする、恐るべき小説がエストニアからやってきた。アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』(関口涼子訳/河出書房新社)について言いたいことは「ファンタジー小説・漫画・ゲーム好きなら読むべし」だ。語り手は、エストニアの森に住み、古くから伝わる"蛇の言葉"を話す男。かつて森には蛇の言葉を話す民が住み、動物と対話して従わせていた。しかしキリスト教文化の影響で、蛇の言葉は滅亡の危機にある。"最初で最後の男"となった主人公は、古代文化の存続をかけた戦いを挑む。この小説は、近代化に飲まれる古の文化の行く末を、徹底的に描ききっていて、致命傷を負いながらも戦い続ける戦士のような、壮絶な凄みがある。古代を甦らせる蛇サラマンドル、巨大シラミ、「海外文学ヤバいジジイ選手権」トップに躍り出た祖父など、強烈なキャラクターとエピソードの連続で、弩級の連続打ち上げ花火を見ているようだ。変化にまどう前半から最大出力の後半、圧巻のラストまで、どこを読んでも濃密で、激しく、痛ましくも素晴らしい。ファンタジー愛好家は、読んで眉間を撃ち抜かれるべし。

 著作の多くが発禁処分を受けながらも現代中国のタブーを描く作家、閻連科の『心経』(飯塚容訳/河出書房新社)は、「現代中国×宗教×政治」を諧謔に満ちた語りで描いた宗教小説だ。舞台は中国における宗教の中心地、五大宗教研修センター。政府が活動を認める五大宗教(仏教、道教、イスラム教、カトリック、プロテスタント)の信徒が集まって共同生活を営んでいる。慎ましい信仰生活を望む若き尼僧は、センターにはびこる強大な現実、金、権力、性欲、嫉妬を目の当たりにし、信仰と誘惑の間で揺れ動く。『心経』では、謎のセンター恒例行事「五大宗教信徒たちの綱引き」(体育祭でよく見る物理的なあれだ)が重要な役割を果たす。一見すると荒唐無稽だが、綱引きの揺れ動きは、政治の支配下にある宗教団体、信仰と欲望の間で揺れる信徒の心と、見事に重なっている。信仰を貫ききれない信徒たちの姿は、良くも悪くもとても人間らしい。気軽に神頼みをしたり、欲望を優先して神を忘れる人間の身勝手さが、中国共産党の支配圏でどう花開くか、閻連科は哄笑まじりの筆致で描いている。切り絵の挿話や神登場シーンなど、豪快な構成も見どころの宗教小説。

 キム・オンス『キャビネット』(加来順子訳/論創社)は、生きづらい新人類シントマーの記録を組み上げたオムニバス風小説だ。シントマーは、ガラスだけ食べる人、舌が蛇になった人など、生物学的な人類の定義から少し外れた新人類だ。彼らはそれぞれ、社会に適合できない生きづらさと寂しさを抱えている。シントマーと面談して記録を管理する主人公の人生も、"普通で平凡"から"ずれた存在"へ変わっていく。奇妙な生態を収集した博物小説の体裁を取り入れつつ、マイノリティの物語を消費する無邪気さ、マイノリティを有用性で判断する社会の残酷さを、長編としてまとめ上げている。マイノリティ文学に興味がある人におすすめ。

 この夏は短編集が豊作だ。4冊まとめて紹介する。エドワード・ケアリー『飢渇の人』(古屋美登里訳/東京創元社)は特別な短編集だ。なにが特別なのかというと、良き友人である訳者のために、作家が6編を書き下ろして生まれた、世界初の短編集なのだ。なんといい話。アイアマンガー三部作でおなじみの、不気味でユーモラスな生物が跋扈する幽霊屋敷めいた世界観は、短編でも健在だ。とりわけ好みだったのが、浸潤型のバートン夫人、春に植えるとよいパトリックおじさん、仕事を邪魔する隣人など、面倒で手間がかかる奇妙な隣人をユーモラスに描いた作品群だ。生態描写と肖像画の組み合わせがじつに効果的で、じわじわ笑える。ずれた存在への親しみと、よくわからない不気味な存在にぼやきつつも諦めて共存していく、ケアリーの低空飛行ユーモアを堪能できる。

"短編の名手"と名高いイーディス・パールマンの短編集『幸いなるハリー』(古屋美登里訳/亜紀書房)は、短編を読む面白さに満ちている。パールマンの小説は、緻密に組み上げられた工芸細工を思わせる。語り手は、主題をそのまま言葉にはせず、手がかりをちりばめながら、遠回りして語る。隠したいほど大事なこと、それでも漏れ出てしまう心や秘密、割り切れない感情の機微が、職人技の筆致で描かれる。丹念に読むことを求めてくる小説なので、読書にはゆっくりとした時間と余裕が必要だ。パールマン休暇をとるとよいと思う。

 マシュー・シャープ『戦時の愛』(柴田元幸訳/スイッチ・パブリッシング)は、アメリカ生まれの超短編集だ。異様な世界線と超展開が、わずか数ページで、フラッシュのようにぱっと展開しては消えていく。予想が一切できない超展開を、平凡な日常を語るような語り口で淡々と語って、読者をさくさく放り投げていくスタイルが特徴的。真顔で予測不能なことを言い続けるドライな味わいを75編も楽しめる。

 短編集祭りの最後は、ジェローム・K・ジェロームの幻想奇譚を集めた『骸骨』(中野善夫訳/国書刊行会)。最高の脱力ユーモア小説『ボートの三人男』作者の初短編集だ。いかにも英国らしい陰鬱さとユーモアあふれる幽霊譚から、幽霊の出てこない怪奇話、ケルト伝説まで、ジェローム・アソートとでも呼びたくなる、多彩な作品が楽しめる。

(本の雑誌 2021年10月号掲載)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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