女たちの犯罪小説『わたしたちに手を出すな』が痛快だ!

文=吉野仁

  • 見知らぬ人 (創元推理文庫 M ク 28-1)
  • 『見知らぬ人 (創元推理文庫 M ク 28-1)』
    エリー・グリフィス,上條 ひろみ
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • 狩られる者たち (小学館文庫 タ 1-2)
  • 『狩られる者たち (小学館文庫 タ 1-2)』
    アルネ・ダール,田口 俊樹,矢島 真理
    小学館
    1,320円(税込)
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  • チェスナットマン (ハーパーBOOKS)
  • 『チェスナットマン (ハーパーBOOKS)』
    セーアン スヴァイストロプ,高橋 恭美子
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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  • 悪童たち 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『悪童たち 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    紫金陳,稲村 文吾
    早川書房
    990円(税込)
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  • 悪童たち 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『悪童たち 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    紫金陳,稲村 文吾
    早川書房
    990円(税込)
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  • わたしたちに手を出すな (文春文庫 ホ 11-1)
  • 『わたしたちに手を出すな (文春文庫 ホ 11-1)』
    ウィリアム・ボイル,鈴木 美朋
    文藝春秋
    1,155円(税込)
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 今年のMWA(アメリカ探偵作家クラブ)によるエドガー賞最優秀長編賞は『ブート・バザールの少年探偵』だったが、このたび昨年度の同賞受賞作、エリー・グリフィス『見知らぬ人』(上條ひろみ訳/創元推理文庫)が邦訳された。

 怪奇短編「見知らぬ人」は、ヴィクトリア朝時代の伝説的作家R・M・ホランドの代表作。ホランドの生涯と作品に関する本を執筆中の英語教師クレアは、ある日、同僚のエラが殺されたと知って驚く。しかも遺体のそばに残されていたメモには、「見知らぬ人」で何度も引用されていた言葉「地獄はからだ」が記されていたのだ。

 ここでは怪談話に加え、シェイクスピアやウィルキー・コリンズなど古典からの引用、亡霊がさまよう館といったゴシック風味とともに、シングルマザー教師の日常が語られていく。......と思いきや、第Ⅱ部からは優秀だが個性の強いインド人女性刑事ハービンダー、第Ⅲ部は、クレアの娘ジョージアの視点で描かれ、次第にそれぞれの認識のずれやささいな隠しごとが明らかになり、サスペンスが増してくる。作中作、日記、手紙、語り手の交代など、多彩な語りと怪奇要素にあふれた展開にとどまらず、現代に生きる者たちの人物造形も確かで、小説、映画、テレビ番組などの言及も興味深く、それらを巧みに織りまぜ犯人探しをまどわせる趣向はさすが。文句なしの一作だ。

 あいかわらず強力な北欧産サイコスリラーの刊行が続く。まずはスウェーデン。アルネ・ダール『狩られる者たち』(田口俊樹、矢島真理訳/小学館文庫)は、『時計仕掛けの歪んだ罠』の続編で〈ベリエル&ブローム〉シリーズの第二弾だ。前作では、追う者がいつしか追われる者となる多重逆転劇に圧倒されたが、今回も驚きの連続である。ストックホルム警察を辞したベリエルは、元公安警察捜査官ブロームとともに北部スウェーデンのポルユスへ向かう。そもそもの発端は、以前ベリエルの相棒だったデジレのもとに届いた怪しい手紙だった。被害妄想者の陰謀論めいた内容のなかに、かつて担当した事件における解明されていない事実、被害者の尻に描かれた絵に関する言及があったのだ。手紙の差出人イェシカの家へ赴いたベリエルとブロームは、何者かに襲われ気を失ってしまう。意識が戻ったふたりは、多量の血痕とともにイェシカがいなくなっていることに気付いた。イリュージョン・マジックのごとき、次々とありえない現実を見せつけたうえで反転させ驚愕させる作者の手腕には、参りましたというほかない。すごいぞ、これ。

 もう一作はデンマーク。セーアン・スヴァイストロプ『チェスナットマン』(高橋恭美子訳/ハーパーBOOKS)だ。ある運動場で若い母親の遺体が発見された。生きたまま右手を切断された痕跡があり、現場には栗人形が残されていた。事件を担当した刑事トゥリーンは、科学捜査課で驚くべき事実を知らされた。人形に付着していた指紋は、なんと一年前に誘拐され殺害された少女クリスティーネのもの。すでに犯人は逮捕されていたが、まもなく同様の殺人が起こり、そこにもまた栗人形が置かれていた。短い章立てで場面が次々に変わっていくが、事件の裏に隠された秘密が次第に明かされ、幾重もあるストーリーの綾がひとつに収束していくことで一気に読ませる。トゥリーンと相棒ヘスとの関係が変化していくように、ドラマづくりがうまいのだ。

 おつぎは中華犯罪サスペンス、紫金陳『悪童たち』(稲村文吾訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)だ。張東昇は、三名山に義父母を連れ出し、事故に見せかけてふたりを殺した。ちょうど同じとき、中学生の朱朝陽と幼馴染みの丁浩、その妹分である普普の三人もまたその山へ遊びにきていた。のちに、そこで撮影したカメラが張東昇の犯行を偶然とらえていたことに気付く。だが孤児院から脱走した丁浩と普普を朱朝陽が匿っていたことから警察に通報はできなかった。やがて三人は、張東昇を脅迫して金をせしめようと目論むが、彼ら自身もまた追いつめられていく。何件もの殺人が鏡像関係のように出てくる本作は、学年一の成績をほこる優等生ながら家族の問題などいくつもの悩みをかかえる朱朝陽の姿を中心に語られていく。犯行場面の場当たり的な荒っぽさが目立ち気になるものの、生き残りに賭けた非情な企みが展開していくあたり衝撃的だ。本国での高評価も納得である。

 最後に、「うひゃあ」と思わず声がでるほど痛快なのが、ウィリアム・ボイル『わたしたちに手を出すな』(鈴木美朋訳/文春文庫)。九年まえに夫を亡くしたリナは、いま六十歳で独り身だった。そんなとき近所の老人エンジオが何を血迷ったのか口説いてきたため灰皿で殴り倒した。逃げ出したリナは長らく疎遠だった娘の家に押しかけたものの玄関であしらわれ、隣に住む元ポルノ女優ウルフスタインのもとにやっかいとなる。ところが、娘の愛人がマフィアから大金を強奪したことで事態は急変。もめごとの末に悲劇が起こり、リナはウルフスタインや孫娘ルシアとともに車へ乗りこみ立ち去った。

 笑えないジョークが連発されるなど、いかにもある種のアメリカ人男性が好みそうなマシンガントークがあるかと思えば、長年そんな男連中を手玉にとってきた女のさばさばとした強い姿が物語られていく。煮ても焼いても食えない奴らのドタバタ騒ぎが繰りひろげられるだけにとどまらないのだ。これは女たちの友情がテーマというR18の犯罪小説。後半、リナたちの逃避行がどこに決着を見せるのか、どきどきしながら読んでいった。なにより現実を知ることのほろ苦さが漂う場面があって、にくい、やられた。

(本の雑誌 2021年10月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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