蜘蛛が健気な宇宙SF『時の子供たち』に一票!

文=大森望

  • 時の子供たち (上) (竹書房文庫 ち 1-1)
  • 『時の子供たち (上) (竹書房文庫 ち 1-1)』
    エイドリアン・チャイコフスキー,内田 昌之
    竹書房
    990円(税込)
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  • 時の子供たち (下) (竹書房文庫 ち 1-2)
  • 『時の子供たち (下) (竹書房文庫 ち 1-2)』
    エイドリアン・チャイコフスキー,内田 昌之
    竹書房
    990円(税込)
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  • 帝国という名の記憶 上 (ハヤカワ文庫 SF マ 13-1)
  • 『帝国という名の記憶 上 (ハヤカワ文庫 SF マ 13-1)』
    アーカディ マーティーン,内田 昌之
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 帝国という名の記憶 下 (ハヤカワ文庫 SF マ 13-2)
  • 『帝国という名の記憶 下 (ハヤカワ文庫 SF マ 13-2)』
    アーカディ・マーティーン,内田 昌之
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 不死身の戦艦: 銀河連邦SF傑作選 (創元SF文庫 ン 10-3)
  • 『不死身の戦艦: 銀河連邦SF傑作選 (創元SF文庫 ン 10-3)』
    J・J・アダムズ,佐田 千織他
    東京創元社
    1,496円(税込)
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  • 感応グラン=ギニョル (創元日本SF叢書 18)
  • 『感応グラン=ギニョル (創元日本SF叢書 18)』
    空木 春宵
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • 日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女 (ハヤカワ文庫 JA ハ 11-5)
  • 『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女 (ハヤカワ文庫 JA ハ 11-5)』
    石黒 達昌,伴名 練
    早川書房
    1,166円(税込)
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 今月の翻訳SFは、2年半ぶり開催の内田ダービー。前回はホーガン×スコルジーのベテラン対決でしたが、今回は本邦初訳作家の宇宙SF2作が、ともに内田昌之訳で激突する。

 見た目のインパクトで先行するのは、2016年のクラーク賞を射止めた英国の男性作家エイドリアン・チャイコフスキー('72年生まれ)の蜘蛛SF『時の子供たち』(竹書房文庫)★★★★½。遥かな未来、衰退期にある人類は、20光年彼方の緑の惑星を環境改造し、ナノウイルスを使って知性化した類人猿に未来を託す計画に着手。が、反対派の破壊工作で宇宙船は爆破され、ひとり生き残った責任者のアヴラーナ・カーン博士は人工衛星に逃げ延びて眠りにつく。それから2千年──。"猿の惑星"化するはずの地上で知性を得たのは、意外な生物だった!

 ──と勿体ぶるまでもなく、下巻の帯にあるとおり、主役は蠅取蜘蛛。ナノウイルスでブーストされた彼らの幾世代にもわたる苦闘と、人類文明の存続をかけて緑の惑星への入植を試みる(が、カーンの人工衛星に邪魔される)後発宇宙船クルーの苦闘とが並行して描かれる。人間パートより蜘蛛パートのほうがよほどスリリングで、読めば読むほど蜘蛛に肩入れしたくなってくる。中盤の展開は意外性満点だし、結末も鮮やか。『蜘蛛ですが、なにか?』に続いてぜひ映像化してほしい。

 対するアーカディ・マーティーン『帝国という名の記憶』(ハヤカワ文庫SF)★★★★は、昨年のヒューゴー賞受賞作(著者は'85年生まれの米国人女性作家)。主人公は、辺境の採鉱ステーションの大使として巨大銀河帝国(アステカ+ビザンツ帝国風)へと派遣されることが急遽決まった若きマヒート。前任大使イスカンダーの(15年前の)記憶と人格を宿す神経インプラントを移植して帝国の首都に赴くが、前任者の死の謎を探りはじめたとたん、イスカンダーは沈黙。頼みの綱を失った彼女は、文化案内役を買って出た帝国情報省の女性とタッグを組み、巨大な陰謀の渦に身を投じる。

 ──と、こちらは異国情緒あふれる政治・外交サスペンス。迫りくる星間戦争の足音と皇位継承問題と権力争いが複雑にからみ、怒濤の(冒険小説的な)クライマックスに雪崩れ込む。

 2作とも、物語を動かすのはほとんど女性(蜘蛛含む)で、近年大流行している多様性指向の現代的宇宙SFの流れに属する。出来は甲乙つけがたいが、蜘蛛の健気さで前者に一票。

 J・J・アダムズ編『不死身の戦艦』(佐田千織・他訳/創元SF文庫)★★★½は銀河連邦をテーマにしたアンソロジー(再録と新作が半々)。原書から7篇をカットし全16編を収める。巻頭のレナルズはひねりの利いた宇宙戦争アイデアストーリー。マーティン&ガスリッジの表題作はありがちなショートショート。カード『エンダーのゲーム』前日譚(初訳)や、有名シリーズ(ビジョルド《ヴォルコシガン》、マキャフリー《歌う船》)の既訳短篇のほか、シルヴァーバーグ、ソウヤー、アンダースン&ビースンが再録。新作8篇では、"ある日、〈民主生命体回転区連合〉は妻を探すことにした"という一文で始まるガードナー「星間集団意識体の婚活」が円城塔みたいで楽しい(いや、円城塔の「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」のほうがもっと楽しいけど)。

 続いては日本SFの短篇集が3冊。空木春宵『感応グラン=ギニョル』(創元日本SF叢書)★★★★は、10年前に第2回創元SF短編賞の佳作を受賞した著者による、待望のデビュー短篇集。児童買春摘発のために開発された囮AIと室町時代の遊女・地獄太夫を重ね合わせる「地獄を縫い取る」は、年間ベスト級の不穏な傑作。表題作は、昭和初期の浅草六区を舞台に、身体に欠損のある少女たちを集めた芝居一座を描く。それと対になる新作「Rampo Sicks」は、顔の美醜をテーマに乱歩的な活劇を夜の〈領区〉でくりひろげる。「メタモルフォシスの龍」と「徒花物語」はともに身体変容がテーマ。前者は、失恋した女が蛇に変わる(男は蛙に変わる)奇病が広がった世界で安珍・清姫の物語を語り直す。後者は〈花屍〉化するウイルスに感染した少女たちを集めた女学校が舞台の百合SFミステリ。苦痛や残虐趣味に目が行きがちだが、話のつくりは意外なほどオーソドックスだ。

 対する高野史緒『まぜるな危険』(早川書房)★★★½にも、安珍・清姫伝説を下敷きにした短篇が収録されている。その名も「アントンと清姫」。アントンを追ってモスクワにやってきた清姫は蛇に変じてクレムリンの大鐘に巻きつく──という具合に、ロシアと何か(乱歩の「心理試験」とか、佐々木淳子のマンガ短篇とか、『ドグラ・マグラ』とか)をマッシュアップする全6篇。中でも、『屍者の帝国』の設定に海外SFネタを大量投入した「小ねずみと童貞と復活した女」の暴走ぶりは、ひさしぶりに読み返してもただ茫然。

 石黒達昌『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』(ハヤカワ文庫JA)★★★★½は、伴名練編の作家別短篇傑作選第3弾。「冬至草」「希望ホヤ」の二大傑作を柱に、『冬至草』からもう1篇と、それ以前の短篇集3冊から1篇ずつを選び、さらにこれまで紙の本には収録されていなかった2篇を加えた全8篇。初読では、淡々と語られる終末小説「或る一日」が収穫でした。

 最後の一冊、潮谷験『時空犯』(講談社)★★★½は、時間ループSF設定を使った本格ミステリの模範回答。誰が、なんのために世界を巻き戻し続けているのか? 犯人当てのロジックが冴える。

(本の雑誌 2021年10月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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