革命と物語文化が融合した血と涙のアラベスク

文=藤ふくろう

  • スモモの木の啓示 (EXLIBRIS)
  • 『スモモの木の啓示 (EXLIBRIS)』
    ショクーフェ・アーザル,堤 幸
    白水社
    3,410円(税込)
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  • イスラーム精肉店 (韓国文学セレクション)
  • 『イスラーム精肉店 (韓国文学セレクション)』
    ソン・ホンギュ,孫洪奎,橋本 智保
    新泉社
    2,310円(税込)
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  • ブッチャー・ボーイ
  • 『ブッチャー・ボーイ』
    パトリック・マッケイブ,矢口誠
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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  • あのこは美人
  • 『あのこは美人』
    フランシス チャ,北田 絵里子
    早川書房
    2,970円(税込)
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  • 「その他の外国文学」の翻訳者
  • 『「その他の外国文学」の翻訳者』
    白水社編集部
    白水社
    2,090円(税込)
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  • アフリカ文学講義――植民地文学から世界‐文学へ
  • 『アフリカ文学講義――植民地文学から世界‐文学へ』
    アラン・マバンク,中村隆之,福島亮
    みすず書房
    4,950円(税込)
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 ショクーフェ・アーザル『スモモの木の啓示』(堤幸訳/白水社)は、イラン革命の暴力とイランの物語文化が融合した、濃密なイラン文学だ。語り手は、13歳のイラン人少女。物語は、少女の兄がイラン革命の影響で処刑され、母がスモモの木の上で啓示を受けた瞬間から始まる。イラン革命の過酷な社会情勢と、黄金伝説や幽鬼との取引といった『千夜一夜物語』を思わせる口承文学が絡まり合い、生者と死者、暴力と幻想と生命力が吹き荒れる、濃密な世界が展開される。中でも、"愛"の持つ力はとりわけ印象的だ。ひとめぼれで身体が宙に浮き、性愛の現場に炎の跡が残り、黒い愛は破滅を招く。愛は超常現象を引き起こし、多くの人生を狂わせる一方、家族を結びつけ、苦難まみれの人生を生きる力にもなる。現実のイランと幻想のイランが混じり合い、死と涙と金銀糸を織り交ぜたアラベスク模様のような、独特のイラン世界を堪能した。

「韓国文学セレクション」シリーズの新作、ソン・ホンギュ『イスラーム精肉店』(橋本智保訳/新泉社)は、まずその謎めいたタイトルに目が留まる。イスラーム精肉店とは、トルコ人のムスリムが韓国で営む豚肉精肉店のことだ。なぜ異国である韓国で、豚を食べないムスリムが精肉店を営んでいるのか。この謎が、小説のテーマである"傷"につながっていく。語り手の少年は、孤児院で育ち、過去の記憶を持たない。少年の周囲では、彼を引き取った精肉店のトルコ人おじさん、感情の起伏が激しい食堂のおばさん、食堂に居候するホラ吹きのギリシャ人おじさん、軍隊経験を誇りにするハゲ老人など、一風変わった隣人たちが暮らしている。国籍も経歴も異なる登場人物たちは、体と心あるいはその両方に傷跡を抱えている点でつながっている。傷の痛みや苦しみだけでなく、傷を認めあうことでうまれる人間関係が描かれている。傷を忘れられないことを否定せず、傷とともに生きる人たちを優しく描いた、痛ましくもあたたかい小説だ。

 肉屋にまつわる海外文学を、もう1冊。パトリック・マッケイブ『ブッチャー・ボーイ』(矢口誠訳/国書刊行会)は、「ブタ」と罵られた少年が、たび重なる悲運と過酷な環境によって狂っていく様を描いた、アイルランド文学だ。語り手の少年はアイルランドの田舎町で、飲んだくれの父、自殺願望を抱えた母、親友とともに、それなりに楽しく暮らしていた。だが、近所に引っ越してきた一家のおばさんに「ブタ」と罵られたことから、すべてがずれていく。『ブッチャー・ボーイ』は、語りのスタイルと内容が、とにかく強烈だ。親しい人が自分から離れていってしまう悲しみと怒り、狂気をはらんだ思いこみ、現実と幻想とユーモアが混ざった思考の流れが、句読点のないだだ漏れスタイルで語られる。親愛や悲しみの表現方法を知らずに育ち、すべて暴力として発露してしまう少年の姿が痛ましい。加害者であり被害者でもある少年の語りは衝撃的で、感情がめった打ちにされた。

 フランシス・チャ『あのこは美人』(北田絵里子訳/早川書房)は、過酷な韓国社会を生き延びる女性たちを描いたオムニバス小説だ。高級サロンで稼ぎたい整形マニアのサロン嬢、富裕層の恋人がいるアーティスト、推しアイドルにはまる美容師など、ソウルで暮らす若い女性たちが、それぞれの人間関係や悩みを独白する。恋愛、容姿、キャリア、結婚、妊娠など、女性が抱える切実なテーマが、生きづらさとともに語られる。韓国の苛烈な格差社会を描いた小説は数多いが、『あのこは美人』は、階級・コネ社会の壁を飛び越える手法としての容姿を描いた点が特徴的だ。富裕層とは無縁の女性たちが、容姿やコネなど、多様なルートで特権階級と接近していく展開は、ルッキズムと格差社会の闇がよく描かれている。仕事も容姿も違う彼女たちが、互いに嫉妬したりいらだったりしつつ、女子会をして助け合う姿になぐさめられる。過酷な現実を生き延びようとする、ガールズ・サバイバル小説。

『『その他の外国文学』の翻訳者』(白水社編集部編/白水社)は、翻訳文学に不可欠の存在「翻訳者」のインタビュー集。「その他の外国文学」としてまとめられがちな言語、学習者や話者が少ない言語の翻訳者に焦点を当てている。取り上げられているのは、ヘブライ語、チベット語、ベンガル語、マヤ語、ノルウェー語、バスク語、タイ語、ポルトガル語、チェコ語。言語を学んだきっかけ、言語の特徴、翻訳する時の意識、思い入れの深い文学について自由に語っている。海外文学の読者にとって、翻訳者はなくてはならない存在だ。海外文学仲間と話す時には、翻訳者の名前がよくあがるし、「あの人が訳したから」と翻訳者買いすることも多い。そのわりに翻訳者自身のエピソードを知る機会があまりないので、とても興味深く読んだ。この本で、文芸翻訳者たちのインタビューを無限に読んでいたい欲望を自覚したので、ぜひ他言語でも、続きを無限に出してほしい。

 最後に紹介するのは、アラン・マバンク『アフリカ文学講義』(中村隆之・福島亮訳/みすず書房)。アフリカ人の著者が、フランス語圏のアフリカ文学について語った講義録をまとめた評論集である。植民地主義と奴隷貿易の歴史をひもときつつ、言語、アイデンティティ、土地が、アフリカ文学をどのように形成して変化してきたのか、8つのテーマで語っている。講義はもちろん、アフリカ文学リストとしても読み応えがあり、既訳・未邦訳小説ともに、おもしろそうな小説がたくさんあった。読みたい小説リストがどさっと増えて、喜ばしい限りだ。

(本の雑誌 2022年5月号)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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