秀作爆笑作揃い踏みのAIロボットアンソロジー登場!
文=大森望
これだけレベルの高いオリジナルアンソロジーは珍しい。ジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』(佐田千織ほか訳/創元SF文庫)★★★★½は、書き下ろし16編を収める Made to Order: Robots and Revolution(2020)の全訳。
ピーター・ワッツ「生存本能」はいかにも著者らしい本格SFの力作。エンケラドスの海の生命を探査する遠隔操作のヒトデ型ロボットの腕のうち一本が異常な挙動を示すが......。ケン・リュウ「アイドル」は、人格をデジタル的に再現する技術が意外な目的で使われるテッド・チャン風のテクノロジカルSF。
現代的なテーマに果敢に挑むAIものの秀作が並ぶ一方、古典的なネタを語り直す気楽なロボットものも。アレステア・レナルズ「人形芝居」は、人工冬眠中の5万人を運ぶ星間旅客船で働く50機のロボットたちが重大事故をなんとか隠蔽すべく涙ぐましい努力を重ねる爆笑作。サラ・ピンスカー「もっと大事なこと」では、私立探偵と執事ロボットとの対話から、大富豪が浴槽で死んだ事件の真相が明らかになる。フィギュアスケートに目がない貧乏ロボットが主役のジョン・チュー「死と踊る」は、『クララとお日さま』風ほのぼのSF。硬軟のバランスとバラエティが絶妙です。
チャーリー・ジェーン・アンダーズ『永遠の真夜中の都市』(市田泉訳/東京創元社)★★★½は、2020年のローカス賞SF長編部門受賞作。舞台は昼夜が固定された植民惑星。管理された城郭都市で生まれ育った大学生ソフィーは親友ビアンカをかばって逮捕され、街から追放。夜の側に突き落とされて死にかけたところを"ワニ"と呼ばれる原住種属に救われる。もうひとりの主人公、マウスは〈道の民〉の生き残り。眠らない都市に住み、相棒のアリッサと運び屋をしている。この4人の若い女性たちの運命が交わり、"世界の秘密"が明らかになる仕掛け。ル・グィン『闇の左手』とコーニイ『ハローサマー、グッドバイ』と伊藤計劃『ハーモニー』を一緒にした感じ? 世界の背景がなかなか見えず、前半はかなり骨が折れたが、後半はけっこう盛り上がる。
クリスティーナ・スウィーニー=ビアード『男たちを知らない女』(大谷真弓訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★は、コロナ禍前に書かれてコロナ禍中(2021年)に刊行されたパンデミックSF長編。女性は発症しないが、感染した男性の9割が死ぬ"疫病"が蔓延。男たちがどんどん減り、世界がみるみる変わっていく過程がさまざまな視点からドキュメンタリー形式(『WORLD WAR Z』風)で描かれる。たまたま患者第1号を診ることになった救急救命医、ワクチン開発に勤しむウイルス学者、ワシントン・ポストの記者、CDCの病理学者......。前半はスリリングな疫病ものだが、後半は社会の変化に重心が移り、ぐっとSF味が強くなる。著者は1993年生まれ。ロンドンで企業訴訟弁護士として働くかたわら本書で作家デビュー。単独著書の邦訳時点で29歳というのは、ハヤカワ文庫SFの最年少記録かも。
上田早夕里『獣たちの海』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、〈オーシャンクロニクルズ〉シリーズ初の書き下ろし中短編集。表題作は、遺伝子工学的に生み出された魚舟の成長と変容を、魚舟自身の視点から鮮烈に描く異生物SF。全体の3分の2を占める中編「カレイドスコープ・キッス」は、『深紅の碑文』のサイドストーリー的な物語。語り手は、5歳のときに海上民の家族とともに赤道海上都市群マルガリータ・コリエに移住してきた銘。学校を卒業して保安員の職についた彼女は、アシスタント知性体とともに、海上民の船団とのむずかしい交渉を担当。船団の新たなオサとなった女性ナテワナとの間にやがて深い絆が結ばれるが......。ここでも主役は女性たちで、今月は期せずして米英日の女性SF3作が揃った。
一條次郎『チェレンコフの眠り』(新潮社)★★★½は、シロクマの謎を追う『レプリカたちの夜』でデビューした著者の第三長編。今回の主役はヒョウアザラシのヒョー。マフィアの大物、シベリアーリョ・ヘヘヘノヴィチ・チェレンコフのペットとして、豪壮な邸宅〈生命線プラザ〉で安楽に暮らしていたが、小説の冒頭、武装警官隊の急襲でボスがあっけなく射殺され、苦難の日々が始まる。海鮮レストラン〈超ヒット日本〉の調理場でこき使われたり、うさんくさいプロデューサーに歌手としてスカウトされたり。ペーソスと詩情漂う物語の合間に終末SFじみた背景が少しずつ見えてくる(が、SFになるわけではない)。
藤原無雨『その午後、巨匠たちは、』(河出書房新社)★★★½は、『水と礫』で文藝賞を受賞した著者の(この名義での)第2作。ある漁師町にふらりと現れた歳をとらない女、サイトウが山の上に神社を建立。神様として迎えられた6人の画家(北斎、レンブラント、モネ、ダリ、ターナー、フリードリヒ)の幽霊たちは思い思いに新作を描き始める。ちりばめられた大量の注釈が物語と合流し、変幻自在な語りで読者を煙に巻く。
最後に、前回積み残した『ハヤカワ文庫JA総解説1500』(早川書房編集部編/早川書房)は、『ハヤカワ文庫SF総解説2000』に続く文庫レーベル全冊ガイド。JA1500番までの刊行済み全1404冊を刊行順に(シリーズはまとめて)解説する。全書影を網羅する巻頭カラーつき。501番以降はSF以外にも開放されたので、全然知らない本が途中からちらほら交じってくるのが逆に面白い。次はぜひ『創元SF文庫総解説』を東京創元社で。
(本の雑誌 2022年5月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »