ヘビー級の家族小説2連発だ!

文=藤ふくろう

  • その丘が黄金ならば
  • 『その丘が黄金ならば』
    C・パム・ジャン,藤井 光
    早川書房
    2,970円(税込)
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  • 帰りたい
  • 『帰りたい』
    カミーラ・シャムジー,金原瑞人,安納令奈
    白水社
    3,190円(税込)
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  • チェヴェングール
  • 『チェヴェングール』
    アンドレイ・プラトーノフ,工藤順,石井優貴,古川哲
    作品社
    4,950円(税込)
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  • イン・ザ・ドリームハウス
  • 『イン・ザ・ドリームハウス』
    カルメン・マリア・マチャド,小澤身和子
    エトセトラブックス
    2,860円(税込)
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  • 夏 (新潮クレスト・ブックス)
  • 『夏 (新潮クレスト・ブックス)』
    アリ・スミス
    新潮社
    2,750円(税込)
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 ヘビー級の家族小説が豊作だった。まずは、黄金採掘の夢を見た中国系移民一家を描く、C・パム・ザン『その丘が黄金ならば』(藤井光訳/早川書房)。舞台は、ゴールドラッシュ後のアメリカ西部。中国系移民2世の子供たち2人が、死んだ父を埋葬する場所を求めて、黄金を採られ尽くして荒れた丘陵を放浪するところから、物語は始まる。旅の情景とともに、黄金を夢見て土地を転々とし続けた一家の歴史がひもとかれていく。まず、この父埋葬パートが強烈だ。父の死体は処置もなしにトランクに詰められているので、容赦なく腐っていくのだが、腐乱父への子供たちの対応がいちいち凄まじい。回想される一家の極貧生活も過酷で、安住の土地=家(ホーム)を望む一家の切望が迫ってくる。土地は、黄金を供給する富の源泉であり、安定した生活の土台であり、アイデンティティの拠り所でもある。さまざまな意味で土地を求める一家の歴史と、収奪と所有にさらされてきた西部の歴史が重なる展開が見事。黄金に輝く西部の風景描写、荒野系シスターフッドなど、見どころが多い。ドライな荒々しさと割り切れない感情が融合した、鮮烈なウェスタン小説。

 ヘビー級の家族小説2冊目は、パキスタン系イギリス人作家カミーラ・シャムジーによる『帰りたい』(金原瑞人、安納令奈訳/白水社)で、こちらはとにかく衝撃的だった。舞台は現代ロンドン、親を亡くしたパキスタン系イギリス人のムスリム3姉弟が、身を寄せ合って暮らしていた。ところが末弟が、家族に黙ってテロ組織イスラム国(IS)に参加してしまうことで、皆の人生が狂い出す。設定だけでおなかいっぱいになりそうな重さだが、展開とクライマックスはそれ以上に重い。テロとムスリムに厳しい英国では、イスラム国への参加は、決定的かつ不可逆的な過ちだ。だからこそ、「帰りたい」という言葉が複雑かつ切実に迫ってくる。「帰りたい」には、帰りたい、帰ってきてほしい、帰れない、帰せない、帰りたくない、帰ってきてほしくない、これらすべてが詰まっている。英国に住むムスリムの生きづらさ、イスラム国に共感する西欧の若者、英国政府機関による監視、といった社会問題と、ギリシャ劇を踏襲したプロットが融合して、強烈な物語に仕上がっている。読み終わった後に、呆然としてしまった。家族、家族とは!

 20世紀ロシア文学を代表する作家、アンドレイ・プラトーノフが唯一残した長編『チェヴェングール』(工藤順、石井優貴訳/作品社)は、共産主義のユートピアを目指す試みとその崩壊を描く。舞台は、帝国ロシアからソ連へ移ろうロシアの農村。幼い頃に父を自死で失った孤独な青年が、理想的な共産主義を求めて友とともに地方を放浪し、やがて「共産主義を完成させた」と噂の土地チェヴェングールを目指す。お堅い共産主義小説のように見えて、かなり奇妙な小説だ。死を経験してみたくて自死する男や、土を食べる自称・神、複雑な共産主義を目指して会議を混沌運用する共同体など、癖のある人々が、夢遊病のように現れては消えていく。しかも、彼らは皆、真面目なのだ。真面目に共産主義を望み、独自解釈して、歪な共産主義を実践する。ピュアな気持ちで、共産主義の矛盾を指摘したりもする。共産主義的ユートピアへの熱意と空虚が共存する、不思議な大作。

 カルメン・マリア・マチャド『イン・ザ・ドリームハウス』(小澤身和子訳/エトセトラブックス)は、レズビアンの恋愛における虐待をテーマにした自伝的小説である。作家と同じ名を持つ語り手の女性が、恋人だった"ドリームハウスの女"と過ごした日々を、100以上ものエピソードの断片を連ねて語る。楽しい思い出、暴力や違和感を予感させる記憶、暴言と暴力に打ちのめされた記憶が積み重なり、女性による女性への虐待が描かれる。虐待の流れは、異性愛の場合とそう変わらない。小さな暴力から始め、嘘を連ねて自信を失わせ、相手が逃げようとすれば泣いて謝り、嫉妬のふりをして孤立させようとする。作家によれば、クィア間での虐待はほとんど語られてこなかったという。女性は虐待の被害者、という社会通念に異をとなえ、加害者としての女性を語り記録しようとする意志を感じた。

 アリ・スミス『夏』(木原善彦訳/新潮社)で、四季四部作が完結した。四季四部作は、現代イギリスの社会情勢を取り入れつつ「人々の分断と連帯」を描くシリーズである。『夏』の舞台は、新型コロナウイルスが流行し始めた英国。グレタ・トゥーンベリを敬愛する10代女子が、弟の悪戯がきっかけで不思議なカップルと知り合う。カップルは遺言に従って、正体不明の丸くて重い球を届ける旅をしているという。成り行きで、姉弟一家は、カップルの謎めいた旅に同行することになる。このように、『夏』の主人公は偶然と成り行きによって、既刊『秋』『冬』『春』の登場人物と出会う。登場人物が自覚していない縁を、読者だけがわかる仕掛けになっている(だから、『夏』は全作品を読んでからのほうがよい)。さて、ついにシリーズ全作を読んだわけだが、これほど時代の空気を取り入れて、政治的テーマとメッセージを描いた小説は類を見ないと、改めて思う。1作だけならあまり記憶に残らなかったかもしれないが、シリーズとして物語を重ねることで、忘れがたい独自性を獲得している。四季四部作は、人間のうんざりしたところを描きつつ、最終的には希望が花開く。人間はわれら/彼らを分断したがるが、分断を乗り越えようとするのも人間なのだ。

(本の雑誌 2022年10月号)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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