驚愕の真相へ突き進む『ヨーロッパ・イン・オータム』

文=大森望

  • アポロ18号の殺人 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『アポロ18号の殺人 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    クリス・ハドフィールド,中原 尚哉
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • アポロ18号の殺人 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『アポロ18号の殺人 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    クリス・ハドフィールド,中原 尚哉
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • ヨーロッパ・イン・オータム (竹書房文庫 は 10-1)
  • 『ヨーロッパ・イン・オータム (竹書房文庫 は 10-1)』
    デイヴ・ハッチンソン,内田 昌之
    竹書房
    1,540円(税込)
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  • 血を分けた子ども
  • 『血を分けた子ども』
    オクテイヴィア・E・バトラー,藤井光
    河出書房新社
    2,585円(税込)
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  • 黄金の人工太陽: 巨大宇宙SF傑作選 (創元SF文庫 SFン 10-4)
  • 『黄金の人工太陽: 巨大宇宙SF傑作選 (創元SF文庫 SFン 10-4)』
    J・J・アダムズ,中原 尚哉他
    東京創元社
    1,496円(税込)
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 アポロ計画は1972年に17号で幕を閉じたが、もし仮に翌年も続いていたら──というのが、クリス・ハドフィールド『アポロ18号の殺人』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF上下各)★★★★。題名だけ見ると本格ミステリみたいだが、話は宇宙空間と月面を主舞台とする迫真のサスペンス。米ソの熾烈な宇宙開発競争を経てアポロ計画は軍の指揮下に入り、18号には極秘の軍事任務が課せられる。すなわち、ソ連の宇宙ステーションおよび月面探査車の偵察と(可能なら)無力化。だが、ソ連側も応戦し、軌道上で事案が発生。アポロ18号は思わぬかたちで月着陸を試みる......。

 著者が元宇宙飛行士だけあってディテールは緻密すぎるほど緻密なのに、後半の展開は派手すぎるほど派手。しかも表向きは米ソ友好を装っているため、双方とも、ライブ映像に映らないよう密かに死闘を演じる。というわけで、SFより冒険小説の新機軸としてお薦め。

 対するデイヴ・ハッチンソン『ヨーロッパ・イン・オータム』(内田昌之訳/竹書房文庫)★★★★1/2は、数十年未来の欧州を舞台にした英国発のスパイSFスリラー。ポーランドで料理人をしていたエストニア生まれの主人公が謎の組織にスカウトされて任務に励むうち、凄腕工作員として名を上げていく。原書は14年刊だが、西安風邪で数千万の死者が出て欧州が分断、EUが瀕死の状態に──と未来を予見したような設定。この〈分裂ヨーロッパ〉では無数の政体が独立を宣言、中でも全長1万キロ超の鉄道路線国家〈ライン〉が強大な力を持つ。ル・カレ×プリーストとの評もあるが、読み心地は映画「キングスマン」をさらにオフビートにした感じ。中盤からは話が急展開、驚愕の真相めがけて突き進む。終盤に挿入される「代替測量」という独立パートなんか、まるで小川哲『地図と拳』から抜け出したみたいです。シリーズ化され、年内には本国で5冊目が出るらしいが、邦訳も続刊に期待したい。

 先月積み残した6月の新刊が3冊。オクテイヴィア・E・バトラーの『血を分けた子ども』(藤井光訳/河出書房新社)★★★★1/2は、『キンドレッド』の文庫化で再注目されているアフリカ系米国人女性作家のほぼ全短編(7編)とエッセイ2編を(各編あとがきつきで)収める珠玉の作品集。表題作(84年)は主要SF賞四冠に輝く名作。入植した異星で、人類は原住種属に保護してもらうかわり、(主に男性が)彼らの卵を宿す役目を担う......。異星生物の生態を描くSFは珍しくないが、リアルな男性妊娠小説として、異色の異類婚姻譚として圧倒的な輝きを放つ。ネビュラ賞候補の「夕方と、朝と、夜と」は発症すると自分や他人を攻撃しはじめる架空の遺伝子疾患の話。ヒューゴー賞受賞の「話す音」(83年)は言語中枢を破壊するウイルス性感染症により言葉が失われ崩壊した社会を鮮やかに描く終末SF。既訳があるのはこの3編だけで、残りは初訳。03年発表の2作のうち、「恩赦」は異星人との通訳を務める女性を軸にした痛切なコンタクトSF。「マーサ記」では43歳の黒人女性が神に呼ばれ、人類を救う方法を考える。

 創元SF文庫のテーマ別SFアンソロジー翻訳シリーズ最新刊、『黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選』(中原尚哉ほか訳)★★★1/2は、17年に出たジョン・ジョゼフ・アダムズ編 Cosmic Powers の全訳。全18編のうち新作が13編、残る5編は編者が編集発行するウェブジン Lightspeed 初出。日本版の各編扉には、例によって加藤直之の描き下ろしイラストがつく(電子書籍版にはカラーで収録)。ダイソン球など巨大宇宙建造物とか、スペースオペラ風の冒険とか、あまり短編に向かないネタが多く、印象がかぶりがちなのが惜しい。個人的ベストは、巻頭を飾るチャーリー・ジェーン・アンダーズのノリノリの宇宙活劇コメディ「時空の一時的困惑」。アダム=トロイ・カストロ&ジュディ・B・カストロ「見知らぬ神々」も楽しい。パーシグを題名だけもじったトバイアス・S・バッケル「禅と宇宙船修理技術」は、自由意志を捨てて不死のロボットとなった"私"のシニカルな語りが魅力。アリエット・ド・ボダール《シュヤ宇宙》やユーン・ハ・リー《六連合》シリーズに属する短編のほか、ベッキー・チェンバーズ、カール・シュレイダー、リンダ・ナガタ、ジャック・キャンベルなど。初訳の作家も多数。

 佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』(講談社)★★★★はSF2編を含む著者の初短編集。表題作はテロリストが仕掛けた爆弾に量子エンタングルメントがからむ異色のサスペンス。「ジェリーウォーカー」では、魅惑的な怪物を次々に生み出す特殊造形アーティストの秘密が暴露される。他に、夢野久作や江戸川乱歩を題材にしたスリラーや、『テスカトリポカ』スピンオフ風の川崎ミステリーなど。

 柞刈湯葉『まず牛を球とします。』(河出書房新社)★★★★は著者2冊目の短編集。全14編のうち、表題作は、現実をモデル化する物理学者的思考を皮肉る喩え(球形の牛)を培養肉として具現化、様々な最適化により大きく変貌した未来を絶妙のタッチで描く。書き下ろしの「沈黙のリトルボーイ」は、不発のまま広島県産業奨励館のドームに突き刺さった原爆の処理を命じられた米国人原子物理学者の話。ウェブ初出の「犯罪者には田中が多い」も含め、スレスレ感がすばらしい。

 古山ページで紹介されている荻堂顕『ループ・オブ・ザ・コード』★★★ ★1/2は、歴史を含め完全に〈抹消〉された国を舞台に反出生主義と正面から向き合う力作。SF読者、中でも伊藤計劃ファンはとくに必読。

(本の雑誌 2022年10月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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