威風堂々のブラック労働コメディ『愚か者同盟』に笑う!

文=藤ふくろう

  • 愚か者同盟
  • 『愚か者同盟』
    ジョン・ケネディ・トゥール,木原善彦
    国書刊行会
    4,180円(税込)
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  • キリンの首
  • 『キリンの首』
    ユーディット・シャランスキー,細井 直子
    河出書房新社
    2,970円(税込)
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  • ひこうき雲 (キム・エランの本 01)
  • 『ひこうき雲 (キム・エランの本 01)』
    キム・エラン,古川 綾子
    亜紀書房
    2,090円(税込)
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  • 地球でハナだけ (チョン・セランの本 05)
  • 『地球でハナだけ (チョン・セランの本 05)』
    チョン・セラン,すんみ
    亜紀書房
    1,760円(税込)
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  • クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊 (ロシア語文学のミノタウロスたち)
  • 『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊 (ロシア語文学のミノタウロスたち)』
    ガイト・ガズダーノフ,望月 恒子
    白水社
    3,520円(税込)
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 ピュリツァー賞を受賞した労働ブラックコメディ小説、ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』(木原善彦訳/国書刊行会)の、威風堂々たるブラック労働者ぶりに感心した。1960年代アメリカを舞台に、大学卒業後まともに働いたことがない30歳無職の男が、借金返済のためにしぶしぶ働きに出て混乱を引き起こす、ドタバタ物語である。まず、主人公のフルスペック無職ぶりがすごい。中世に傾倒し、子供向けレポート用紙に論考(という名の思いつき)を書きちらし、難癖をつけるためにテレビを見て、気に入らないことがあれば「僕の幽門(胃の末端にあるくびれた部分)が耐えられそうもない!」とわめく。母親に全面依存しながら文句ばかりで、自分は賢く、周りの人は愚かだと思っている。当然まじめに働く気などまるでなく、他責と言い訳を駆使してサボり倒すので、その頑強メンタルと語彙の無駄な豊かさに、呆れ果てて笑ってしまう。主人公のブラック労働者ぶりだけでなく、黒人の劣悪な労働条件、理不尽な上司のパワハラなど、劣悪な労働環境を多様に描いており、さながら労働悪の博覧会といったところ。労働を皮肉り、魑魅魍魎が跋扈する百鬼夜行を笑い飛ばしたい人におすすめだ。

 ユーディット・シャランスキー『キリンの首』(細井直子訳/河出書房新社)は、その語りに驚かされた。ドイツ東部のさびれた町を舞台に、厳格な生物学教師の女性から見た日常が、モノローグ形式で語られる。彼女は、表向きは寡黙だが、脳内は饒舌かつ毒舌で、生徒や同僚や家族を、心の中で辛辣に批判しまくっている。しかも、ただの毒舌ではない。生物学の用語や解説をふんだんに使った毒舌なのだ。「自然選択」といった王道からマニアックなものまで、膨大な種類の生物学用語と解説を交えながら、「あの生徒は頭が悪い」「あの教師は生徒に迎合している」などと一人語りし続ける。教師自身の家族関係、東ドイツ時代の歴史なども、すべて生物学に絡めて語られる。人間描写は辛辣なのに自然描写は美しいあたりも、人間嫌いが極まっている。ありふれた生活と愚痴が、これほど豊かになるとは驚きだ。屈折した内容なのに、なぜかするすると読み進められる、謎の引力がある作品。

 キム・エラン『ひこうき雲』(古川綾子訳/亜紀書房)は、韓国の若者が厳しい現実に対峙する瞬間を、多彩な角度で描く短編集だ。登場人物たちは、いいことがあるかも、と素朴な期待を抱いて生きている。憧れの先輩から久しぶりに連絡がきたので恋愛妄想したり、豊かな生活に憧れて散財したり、楽に稼げるという言葉を信じたりする。だが現実は厳しく、容赦なく立ちはだかる。若者たちのふんわりとした期待と、シビアな現実のコントラストが鮮烈だ。再開発で家を失う人々、過酷な賃金格差、クレーン上での座り込みストライキ、ネットワークビジネス問題など、実在する社会問題が取り入れられていて、個人的な目線の出来事から韓国社会が浮かび上がる筆致が見事。未曽有の大雨が降り続ける「水中のゴリアテ」、安いアパートに虫が出て驚嘆の結末に突進する「虫」など、劇的な映像が目に浮かぶ作品も読み応えがある。うまいが、つらい......でもうまい......とうなりながら読んだ。

 続けてアジア文学から、恋愛小説を2冊。李屏瑤『向日性植物』(李琴峰訳/光文社)は、台湾のベストセラー青春小説だ。台北の女子校に通う語り手が、"学姐"(先輩)と出会い、同性に惹かれる性的指向を自覚する。学姐との初恋は学姐の元恋人との三角関係へと移り変わり、恋の美しさと苦しみが加速していく。距離感が初々しい高校時代、激情に振り回される大学時代、人間関係の変遷を経て落ち着いてきた社会人時代と、それぞれの恋愛関係と心情を描き分けている点が絶妙だ。激しい感情の扱いがわからず自身や他者を傷つけてしまうところや、女子校の空気、友人関係と恋愛関係の変遷の描き方がうまい。とりわけ、過ぎ去った青春の美しい一瞬を描く筆致が鮮やか。同性愛に対する台湾社会の変化も当事者目線で描かれていて、読み応えがある。恋愛の美しさと痛み、感情の激しい揺れ動きを、まるごと味わえる。

 もう1冊は韓国から。チョン・セラン『地球でハナだけ』(すんみ訳/亜紀書房)は、かわいいSF恋愛小説だ。物語は、韓国人女性のハナが、長年付き合っている恋人へ違和感を覚えることから始まる。放浪癖の彼が、流星群を見た日以来、人が変わったようにハナを大事にするのだ。もしや本当に人が入れ替わっているのでは? と疑うと、恋人は驚くべき理由を明かす。予想していた展開を上回るスイートさの連続に、思わず何度も、もだえてしまった。この全方位的なかわいさは何事だ。主人公カップルはもちろん、他のキャラクターもそれぞれ自分の意志と愛に誠実で、好感が持てる。つらい小説を読みがちなので、甘さが胸に染みた。

 ロシア語で書かれた異形の作品を紹介する新シリーズ、「ロシア語文学のミノタウロスたち」が刊行開始した。1作目は、ガイト・ガズダーノフ『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊』(望月恒子訳/白水社)。ガズダーノフは若い頃にロシア革命を経験し、従軍後にパリへ亡命した作家で、作品にもフランスとロシア両国の色が出ている。「クレールとの夕べ」は、フランス人の人妻との恋愛模様を、ロシア革命時の記憶を交えて語る中編小説で、フランス文学とロシア文学を同時に読んでいるような心地がした。端正な語りと、作家と文学の越境性が見どころ。シリーズの今後も楽しみだ。

(本の雑誌 2022年11月号)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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