新しい才能が花開くSFアンソロジー2連発!

文=大森望

  • SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡 (Kaguya Books)
  • 『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡 (Kaguya Books)』
    井上彼方
    社会評論社
    2,970円(税込)
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  • 工作艦明石の孤独 1 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『工作艦明石の孤独 1 (ハヤカワ文庫JA)』
    林 譲治
    早川書房
    946円(税込)
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  • 星霊の艦隊 1 (ハヤカワ文庫JA JAヤ 12-1)
  • 『星霊の艦隊 1 (ハヤカワ文庫JA JAヤ 12-1)』
    山口 優
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • 九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション (竹書房文庫 ん 2-1)
  • 『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション (竹書房文庫 ん 2-1)』
    マルカ・オールダー,フラン・ワイルド,ジャクリーン・コヤナギ,カーティス・C・チェン,吉本 かな,野上 ゆい,工藤 澄子,立川 由佳
    竹書房
    1,540円(税込)
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 このところSF短編の新しい書き手が急増しているという話を少し前のSFマガジンに書いたんですが、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/1 朧木果樹園の軌跡』(発行・Kaguya Books/発売・社会評論社)★★★½は、その象徴とも言うべき1冊。VG+主催の掌編SF賞「かぐやSFコンテスト」の受賞者および最終候補者を中心とする新作アンソロジーで、クラウドファンディングを成功させて首尾良く出版に漕ぎつけた。25人の寄稿者のうち単著があるのは5人だけで、新人がほとんどを占める。

 印象に残った作品を数編挙げると、勝山海百合「その笛みだりに吹くべからず」は、人類滅亡後の地球を訪れた異星種属が朽ちた猟笛を発見し、3Dプリンタで復元してみたところ──というSF怪談。只野真葛の妖怪譚が効果的に使われている。吉美駿一郎「盗まれた七五」は、コロナ病棟で清掃係として働く主人公(趣味は川柳)の脳から、「跳ねた血が」に続く七・五が"王"によって盗まれる──という印象的な記憶ホラー。十三不塔「火と火と火」は検閲(焚書)の行き着く果てのディストピアを鮮烈に描く。正井の表題作は、さかながふねとなりやがて星の海へと旅立つ異星の物語。坂崎かおる「リトル・アーカイブス」は二足歩行ロボットを庇うようにして死んだ兵士の謎をめぐるSFミステリ。稲田一声「人間が小説を書かなくなって」は(ほぼ)同じ書き出しを持つ8編のAIネタ超短編から成る連作。知らない名前が多いかもしれないが、10ページ程度の作品がほとんどなので、気軽に読める。新しい才能を見つける手がかりにうってつけ。

 アンソロジーついでにもう1冊、『ベストSF2022』(大森望編)は竹書房文庫に移って3冊目の年刊日本SF傑作選。伴名練の時間SF中編「百年文通」をはじめ、津原泰水「カタル、ハナル、キユ」、十三不塔「絶笑世界」、円城塔「墓の書」、酉島伝法「もふとん」など全10編。創元SF短編賞優秀賞の溝渕久美子「神の豚」、第3回百合文芸小説コンテストSFマガジン賞の坂崎かおる「電信柱より」のほか、高木ケイ、吉羽善など、こちらも新人・新鋭が目立つ。

 ハヤカワ文庫JAから文庫書き下ろしシリーズの開幕編が2冊。林譲治『工作艦明石の孤独1』★★★½は、原理が解明されないままワープ航法が実用化された遠未来の宇宙を舞台にしたサバイバル(?)SF。人類文明は60あまりの植民星系に広がり、繁栄を謳歌しているが、そのうちのひとつ、辺境のセラエノ星系で、とつぜん地球圏へのワープが不可能になる事態が発生。このまま交通が遮断されれば、150万の人口を抱える星系は孤立し、社会秩序の維持も困難になる。セラエノ星系政府のアーシマ首相はただちに調査チームを組織。狼群商会の工作艦明石を政府の管理下に置き、同艦の狼群妖虎工作部長をチームのメンバーに加える。それと時を同じくして、驚くべき発見が星系政府にもたらされた......。危機的状況下で社会の安定と文明の維持のために淡々とベストをつくす人々(主要登場人物は女性がほとんどを占める)を描くプロジェクトもの(『ファウンデーション』系)──かと思いきや後半に新展開があり、この先どっちに進むか、予断を許さない。

 山口優『星霊の艦隊1』★★★は全3巻のミリタリースペースオペラ第1巻。ヒト型AI"星霊"が支配する〈アルヴヘイム党律圏〉と、星霊を隷従させる〈人類連合圏〉とが覇を競う未来。人間と星霊が平和的に共存する弱小勢力〈アメノヤマト帝律圏〉の翠真ユウリ少佐は、配偶官の星霊アルフリーデとともに〈人類連合圏〉との壮絶な艦隊戦に身を投じる......。デビュー長編『シンギュラリティ・コンクェスト』の発展版のようにも見えるが、背景情報を満載しすぎて消化不良というか、付き合うのに骨が折れる感は否めない。SF設定マニアな人にお薦め。

『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』(吉本かな・野上ゆい・工藤澄子・立川由佳訳/竹書房文庫)★★★は、米中に分割統治される2033年の東京を舞台にした警察小説。全10話の連続ドラマに見立てたモザイクノベルの体裁をとり、4人の著者(マルカ・オールダー、フラン・ワイルド、ジャクリーン・コヤナギ、カーティス・C・チェン)がそれぞれ2~3話を執筆している。2031年、南海地震の混乱に乗じて北朝鮮が秋田県と新潟県を攻撃。日本の報復爆撃を口実に中国が九州を武力制圧、東京の西半分を占拠する。東京の東側はアメリカの管理下に置かれ、緩衝地帯にはASEANが駐留している。主人公の是枝都は、東側の九段下にある警視庁本部刑事部の警部補。米国大使館の要請で送り込まれてきた平和維持軍のエマ・ヒガシ中尉と心ならずもコンビを組み、さまざまな事件の捜査にあたる。謎を解くまでもなく事件は勝手に解決するのでミステリ要素は乏しく、各話も短めだが(30分枠?)、変貌した東京(とはいえお台場にはユニコーンガンダムが立ち、九段下のロイヤルホストはモーニングジャワカレーを提供している)の異国的な描写が面白い。話は途中で終わっているので、シーズン2に期待。

 劉慈欣の短編集『流浪地球』『老神介護』(大森望・古市雅子訳/KADOKAWA)が2冊同時刊行。前者はSF大作映画「流転の地球」の原作にあたる表題作、「詩雲」の前日譚にあたる侵略SF「吞食者」、著者自身が登場するドタバタ破滅SF「呪い5・0」など全6編。後者は、「神様の介護係」の中国語からの新訳にあたる表題作、その続編というか後日譚にあたる「扶養人類」など全5編を収める。

(本の雑誌 2022年11月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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