似鳥鶏『卒業したら教室で』の凝りに凝った仕掛けが楽しい!

文=古山裕樹

  • 卒業したら教室で (創元推理文庫)
  • 『卒業したら教室で (創元推理文庫)』
    似鳥 鶏
    東京創元社
    770円(税込)
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  • 蒼海館の殺人 (講談社タイガ)
  • 『蒼海館の殺人 (講談社タイガ)』
    阿津川 辰海
    講談社
    1,210円(税込)
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  • ヴィクトリアン・ホテル
  • 『ヴィクトリアン・ホテル』
    下村 敦史
    実業之日本社
    1,760円(税込)
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  • 雨と短銃 (ミステリ・フロンティア)
  • 『雨と短銃 (ミステリ・フロンティア)』
    伊吹亜門
    東京創元社
    1,650円(税込)
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 目次を見た瞬間、手にとった本を間違えたかな? と思ってしまったのは、似鳥鶏の『卒業したら教室で』(創元推理文庫)である。主人公・葉山くんの通う市立高校で起きる不可解なできごと。その謎解きを描く〈市立高校シリーズ〉の五年ぶりの新作......のはずが、目次には「未来──12年後」や「異世界──王立ソルガリア魔導学院」と、このシリーズらしからぬ語句が並んでいるのだ。

 もちろん、急にジャンルや時空を超えてしまったわけではない。本書の構成面では、シリーズの過去になかった趣向が詰め込まれている。従来と同じ市立高校での物語と並行して語られる、12年後の彼らの様子。そして、異世界での不可能犯罪を描いた作中作。これらが同時に進行しながら、最後はある一点に収束する。

 きわめて凝った仕掛けのミステリであると同時に、十代の若者を描く物語でもある。読後に表紙を見返すと、読む前とは違った感慨が湧く。シリーズの集大成的な一編だが、まだまだ完結はしない模様。今後の展開にも期待したい。

 こちらも高校生の物語。阿津川辰海の『蒼海館の殺人』(講談社タイガ)は、前作『紅蓮館の殺人』に続き、高校生探偵の苦悩が描かれる。

 学校に来なくなった葛城に会うため、田所と三谷は彼の実家の蒼海館を訪ねる。折からの暴風雨で館に留まらざるを得なくなったところに、さらに殺人事件が。葛城は、自分の家族に関わる事件の謎に挑む......。

 災害と事件が押し寄せる前半から中盤、そして二重三重の複雑な企みを解き明かす後半と、密度の高い展開で読ませる作品だ。真相の解明と、失意の探偵が復活する過程が重なり合い、最後まで飽きさせない。

 高校生の次は、大学生の物語を。浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』(KADOKAWA)は、就職活動という状況での心理戦と、その先にある意外な真相を描いている。

 若者に人気のIT企業スピラリンクスの新卒採用。その最終選考に残った六人は、一ヶ月後の選考日に、協力して課題に挑むことになると告げられた。内容次第では全員に内定が出される可能性がある。彼らは力を合わせて準備を進める。だが、直前に採用枠が変更され、内定が得られるのは一人だけに。仲間は一転してライバルになってしまった。そして当日。六人が集められた会議室には、不穏な告発が持ち込まれ、議論は不信と不和の渦巻く展開に......。

 六人のチーム形成から選考当日までの間で、徐々にそれぞれの人物像が浮かび上がる。そして密室での心理戦から、歳月が過ぎた後の真相解明の過程が語られる。その中で、人物像にさらに意外な側面が加わって、物語そのものが鮮やかな反転を見せる。一人の人間を知ることの難しさというテーマが、就職活動という状況と結びつく。人の心という謎を、精緻なミステリに仕立てている。

 反転の鮮やかさといえば、下村敦史の『ヴィクトリアン・ホテル』(実業之日本社)も忘れがたい。

 ヴィクトリアン・ホテルはコロナ禍で改築を迎え、その歴史にいったん幕を下ろす。このホテルを訪れた様々な人々が、お互いの偶然の出会いから、それぞれの苦悩に対して何らかの救いを得る物語だ。

 だが、それだけならここに取り上げることはない。物語は、ホテルを訪れた五人の視点から描かれる。読み進めるうちに、徐々に違和感が蓄積されるはずだ。何かがおかしい──その違和感が払拭され、すべてが一つにつながるのが本書のクライマックス。ミステリとしての驚きが、ホテルを訪れた人々が得る救いと響き合う。読み終えた瞬間に、また最初から読み返したくなる作品である。

 伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)は、幕末から明治初期を舞台にした『刀と傘』でデビューした著者の二作目であり、その『刀と傘』の前日譚でもある。

 幕末の京都。長州藩士が切りつけられ、その傍らにいた薩摩藩士は逃走して姿を消した。薩長同盟を成立させようと奔走する坂本龍馬は、事態の収拾を図るため、尾張藩公用人の鹿野師光に調査を依頼する......。

 薩摩、長州、そして新選組の策略が渦巻く中、人の命が軽く扱われる状況での探索が語られる。前作と同様、実在の人物と架空の人物を織り交ぜて、史実とフィクションを巧みに重ね合わせている。

 この時代ならではの手がかりに基づく謎解きもまた鮮烈だ。史実に対して、現代の我々が抱くイメージを利用した仕掛けに驚かされる。その先に広がる人々の思惑と、真相を突き止めた鹿野の味わう、達成感とはかけ離れた思いも記憶に残る。本書の結末はそのまま前作の冒頭へとつながっていて、二作合わせて読み返したくなる。

 史実から離れた、虚構の歴史へ。佐々木譲の『帝国の弔砲』(文藝春秋)は、日露戦争に敗れた日本がロシアの属国となる、架空の歴史が描かれる。ロシア支配下の東京を描いた『抵抗都市』に連なる物語である。

 日本から移民した両親のもと、登志矢はロシアで育った。鉄道技能士となったものの、世界大戦が始まり、徴兵されて前線へ送られる。世界大戦、革命、シベリア出兵。登志矢の運命は、歴史の大波に翻弄される......。

 ロシアの航空戦力などに見える史実との差異を楽しめるとはいえ、前作に比べ、史実との違いがもたらす影響は小さい。本書は、戦争と革命という激動の時代に生きた、登志矢の冒険と苦難の物語である。

 我々の史実とは少し異なる歴史。その今後を想像させる結末も、題名と重なり合って、忘れがたい余韻を残す。

(本の雑誌 2021年5月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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