歴史SFの大傑作を収めた『宇宙の春』が凄い!

文=大森望

  • 宇宙の春 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『宇宙の春 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    ケン リュウ,古沢 嘉通,牧野 千穂,古沢 嘉通
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • クララとお日さま
  • 『クララとお日さま』
    カズオ・イシグロ,土屋 政雄
    早川書房
    2,750円(税込)
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  • ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫)
  • 『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫)』
    菊石 まれほ,野崎つばた
    KADOKAWA
    693円(税込)
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  • 記憶翻訳者 みなもとに還る (創元SF文庫 も 1-2)
  • 『記憶翻訳者 みなもとに還る (創元SF文庫 も 1-2)』
    門田充宏
    東京創元社
    990円(税込)
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  • 庶務省総務局KISS室 政策白書 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『庶務省総務局KISS室 政策白書 (ハヤカワ文庫JA)』
    はやせ こう,カシワイ
    早川書房
    858円(税込)
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  • 静かな終末 (竹書房文庫 ま 8-1)
  • 『静かな終末 (竹書房文庫 ま 8-1)』
    眉村 卓,日下 三蔵,まめふく
    竹書房
    1,430円(税込)
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 731部隊を扱ったSFは日本でも先例があるが、歴史認識の問題とからめてここまでストレートに書いた作品は初めてだろう。ケン・リュウの邦訳第四短篇集『宇宙の春』(古沢嘉通編訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½の巻末に収められた「歴史を終わらせた男──ドキュメンタリー」は、日本人なら避けて通れない歴史SF/時間SFの大傑作。過去を(一度だけ、人間の被験者によって)観測できる技術が開発された結果、"葬りたい過去"を観測されないために各国が醜い争いをくりひろげるアイデアも面白いが(行き先の時代の主権はどの国に属するか論争になる)、731部隊および歴史認識をめぐる生々しい議論と、その先の皮肉な展開が強烈なインパクトを持つ。妻は日系の実験物理学者、夫は中国系の歴史学者(専門は平安時代の日本)という米国人夫婦を中心に据えることで、物語がさらに重層化されている。

 同じく日系米国人の若い女性物理学者を主役に太平洋戦争末期の沖縄を描く「マクスウェルの悪魔」も凄い。日系人強制収容所にいた彼女はスパイとして日本に送り込まれ、沖縄で帝国陸軍の極秘任務に抜擢される。ユタの血を引く彼女に与えられた任務は、霊を説得して分子の仕分けをさせることだった......。

 その他、"指殺人"的なネット上の暴力を扱った「思いと祈り」、電子書籍の未来を描く掌篇「ブックセイヴァ」など全10篇。落ち穂拾い的に見える作品もあるが、それもご愛敬か。

 つづくカズオ・イシグロ『クララとお日さま』(土屋政雄訳/早川書房)★★★★は、AF(Artificial Friend)と呼ばれる子ども型の自律ロボットが語り手となり、ショップに陳列され買われていくところから始まる。ピノキオ/トイ・ストーリー的な寓話かと思いきや、"人間とは何か"をめぐって、意外なほど律儀に"異質な知性"にアプローチする。まだ存在しない技術を核にソフトなディストピアを描く点やミステリ的な仕掛けで物語を駆動する点は『わたしを離さないで』と共通だが、SFとしては『クララ』に軍配を挙げたい。

 AFは陽光を吸収し"栄養"とするためか、クララは太陽に対し信仰めいた思いを抱いている。また、見たものをすべて記憶し、関連づけることで世界を独自に解釈する。この二つの前提から論理的に導かれるドラマが深く胸に刺さる。1月に邦訳が出たマキューアン『恋するアダム』(語り手が男性アンドロイドを買うところから始まる)とはいろんな意味で好対照。

 菊石まれほ『ユア・フォルマ電索官エチカと機械仕掛けの相棒』(電撃文庫)★★★½は第27回電撃小説大賞受賞作。背景は、縫い糸状の情報端末ユア・フォルマ(長谷敏司のITPみたいなやつ)を脳に埋め込むことが一般化した近未来。エチカは、その糸にダイブして情報を検索する特殊捜査官だが、能力が高すぎて相棒を壊してしまうと悪名高い。新たにあてがわれた相棒ハロルドは、〈アミクス〉と呼ばれるヒト型ロボットだった......。人間とロボットがコンビを組んで事件を捜査する『鋼鉄都市』系列のSFミステリだが、ハロルドがホームズ型の名探偵だったり、エチカの過去に秘密があったり、要素は盛りだくさん。

 同じ記憶ダイブものの先輩にあたる門田充宏の『記憶翻訳者 みなもとに還る』(創元SF文庫)★★★★は、10月に出た『記憶翻訳者 いつか光になる』の片割れで、『風牙』収録の2篇に新作2篇を加えたリミックス文庫版の第2弾。新作中篇「流水に刻む」では、擬験都市〈九龍〉に出没する謎の少年(NPC)をめぐり、仁科の過去が明らかになる。この機会に2冊まとめてぜひ。

 椎名誠『階層樹海』(文藝春秋)★★★½は、樹海が積み重なる異星を舞台にした著者十八番の生態系SF。12歳の少年が世界の成り立ちを発見する(『都市と星』系)。後半、一気にパースペクティブが開けるところがすばらしい。

 はやせこう『庶務省総務局KISS室 政策白書』(ハヤカワ文庫JA)★★★は、経済インテグレーション・サステナブル・ソリューション室に勤務する中村君が、毎回、女性上司の「中村君さぁ......」で始まる無茶な思いつきを計画案にまとめるという筋立ての脱力系ゆるふわ官僚SF全15話。時事ネタを交えたお役所コント集?好き嫌いは分かれそう。

 眉村卓『静かな終末』(日下三蔵編/竹書房文庫)★★★は、60年代に書かれたSSのうち、短篇集未収録作を中心に50篇を収録するレアトラック集。さすがに古めかしいものが多いが、〈丸〉掲載の戦争SF7篇を集めた第3部は大いに読み応えがある。

 一方、同じ1934年生まれの筒井康隆は最新短篇集『ジャックポット』(新潮社)★★★を刊行。2017年以降に発表された14篇を収録する。うち6篇は昨年以降の新作で、健筆に拍車がかかっている。表題作はハインライン「大当たりの年」にオマージュを捧げつつ駄洒落と言葉遊びに興じる新型コロナ小説だが、全体としては(年相応に?)回顧的・自伝的要素が目立つ。

 最後に、山尾悠子『山の人魚と虚ろの王』(国書刊行会)★★★★½は、書き下ろしの中篇に短文集を併録する。表題作は、冒頭に「これはわれわれの驚くべき新婚旅行の話。ある種の舞踏と浮揚についての話。各種の料理、幾つかの問題ある寝台と寝室の件。大火。最終的には私が私の妻に出会う話」と書いてあって、まさにそのとおりなのだが、もちろんただのハネムーン小説ではなく、さまざまな奇怪な出来事や超自然的な要素が導入され、内田百閒の怪談みたいな怖さが少しずつ醸成されてゆく。

(本の雑誌 2021年5月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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