辻真先版少年探偵団『二十面相 暁に死す』が楽しい!

文=古山裕樹

  • 殺した夫が帰ってきました (小学館文庫 さ 40-1)
  • 『殺した夫が帰ってきました (小学館文庫 さ 40-1)』
    桜井 美奈
    小学館
    748円(税込)
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  • 【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」文庫グランプリ受賞作】甘美なる誘拐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」文庫グランプリ受賞作】甘美なる誘拐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    平居 紀一
    宝島社
    880円(税込)
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 辻真先の『焼跡の二十面相』は、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズのパスティーシュとして、いかにも原典にありそうな展開を堪能できる。また、「敗戦」を「終戦」と言い換える大人たちに小林少年が抱く違和感などの作者らしい視点や、ラストのちょっとした遊びも加わって、大いに楽しめる物語だ。

 その続編が『二十面相 暁に死す』(光文社)である。前作に続いて、小林少年(と明智探偵)が神出鬼没の二十面相を追う過程で、さらなる事件に遭遇する物語だ。

 銀座の美術店に盗みの予告を送りつけ、警察の網をかいくぐって稀覯書を奪った二十面相。彼は同日に名古屋でも屏風絵を盗むと予告していた。だが、鉄道すら運休だらけの当時の日本で、どうやって銀座から名古屋に移動するのか? 明智探偵と小林少年は、二十面相を追って名古屋へと向かったが......。

 前作よりも冒険とアクションの比重が高くなっているが、大がかりな仕掛けに変装による入れ替わり、地下の追跡劇と、原典を彷彿とさせる要素でいっぱい。満たされた気分になる。

 そして、単に原典に忠実なパスティーシュにとどまらないのが本書の凄みだ。当時の鉄道事情の盲点を突いたトリックに、さらには乱歩が描くことのなかった小林少年のほのかな恋も描かれ、同じ作者の『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』にも通じる空気を感じさせる(ちなみに、同作の登場人物が本書にもちらりと顔を見せている)。

 原典の空気をたっぷり詰め込みながら、作者らしい味わいも堪能できる、辻真先版怪人二十面相の第二弾。楽しさに満ちた贅沢な作品である。

 続いて取り上げる作品も冒険ものだ。『到達不能極』でデビューした斉藤詠一の第二作『クメールの瞳』(講談社)は、カンボジアに栄えたクメール王国の秘宝をめぐる争奪戦を描いている。

 会社員兼カメラマンの平山北斗は、大学の恩師・樫野教授から「預けたいものがある」と連絡を受ける。だが、教授は数日後に謎の事故で亡くなってしまった。遺品を整理すると、謎のメッセージと、19世紀のフランス人探検家が所持していた骸骨の人形が。遺品の秘密をめぐる探索は、やがて秘宝の争奪戦へと発展する......。

 主人公たちの探索を描く現代のパートと並行して、19世紀のインドシナ半島から戊辰戦争の日本へ、そして......と、ある秘宝をめぐる過去の断片が語られる。それぞれの断片は、現代の探索が進むにつれて互いに繋がって、やがて大きな絵が浮かび上がる。

 現代のパート、実は意外にこぢんまりとした話ではある。だが、過去のエピソードを絡めることによって時間の広がりを見せて、スケールの小ささを感じさせない。

 荒唐無稽な大風呂敷を広げながらも、物語の展開そのものは安定していて、バランスの取れた作品として楽しめる。

 時間の広がりといえば、知念実希人の『傷痕のメッセージ』(KADOKAWA)も忘れがたい。

 医師の千早は、奇妙な遺言に従って、病死した父の遺体の解剖を受け入れる。その胃の内壁には、内視鏡で刻まれたとおぼしき暗号が記されていた。彼女の知らなかった父の過去、そして28年前に起きた未解決の連続殺人事件。折しも、28年前と酷似した手口の殺人事件が起きていた......。

 心のなかで距離を感じていた父。その過去を探る過程で、千早の知らなかった父の姿が徐々に明らかになる。過去の事件と現在の事件とが重なり合い、それが千早のアイデンティティにも関わってくる。

 ある意味では予想を裏切らない結末に着地する物語だが、そこに至るまでの過程に、謎と驚きが存分に埋め込まれている。

 こちらも個人のアイデンティティに関わる物語だ。桜井美奈『殺した夫が帰ってきました』(小学館文庫)は、作者がこれまでに書いてきた『塀の中の美容室』などの作品と比べると、かなり毛色の異なるサスペンスである。

 鈴倉茉菜につきまとうストーカーを追い払ったのは、茉菜の夫を名乗る男──和希だった。しかし、茉菜は夫の暴力に耐えかねて、五年前に彼を崖から突き落として殺したはずなのだ。部分的に記憶をなくしたという和希との奇妙な同居が始まる。かつての和希は暴力的な人間だったが、現在の和希に暴力の影は見られなかった。そんなある日、茉菜のもとに奇妙な手紙が届いた......。

 本書の魅力は、この状況設定に負うところが大きい。夢オチにも超常現象にも医学的にまれな現象にも頼ることなく、この事態の真相が徐々に浮かび上がる。物語が進むにつれて膨らむ違和感と、その解消の手際は実に鮮やか。辻褄が合ったところで、愛の物語に着地する。巧妙な構築で読ませる一冊だ。

 最後は、新人作家のデビュー作を。平居紀一の『甘美なる誘拐』(宝島社文庫)は、第19回「このミステリーがすごい!」大賞の文庫グランプリ受賞作である。

 真二と悠人は弱小暴力団の組員見習いだ。フロント企業の従業員として、先輩ヤクザにこき使われる。そんな見習いヤクザの日々と、地上げ屋に嫌がらせを受ける自動車部品店の父娘の窮地。関係なさそうな複数の物語が並走し、やがて宗教団体の教祖の孫娘を誘拐する物語へと収束する。

 複数のストーリーを走らせながら仕掛けを施して、中盤以降に次々と炸裂させて、爽快な驚きを提示する。そんな精緻な構造もさることながら、それを支えるコミカルな描写も魅力。デビュー作らしからぬ安定ぶりで、今後も楽しみだ。

(本の雑誌 2021年6月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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