圧倒的に素晴らしい作品集『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』

文=大森望

  • 過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選 (創元海外SF叢書 16)
  • 『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選 (創元海外SF叢書 16)』
    エリザベス・ハンド,市田 泉
    東京創元社
    2,530円(税込)
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  • この地獄の片隅に (パワードスーツSF傑作選) (創元SF文庫)
  • 『この地獄の片隅に (パワードスーツSF傑作選) (創元SF文庫)』
    J・J・アダムズ,加藤 直之,中原 尚哉
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • 最終人類 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『最終人類 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    ザック・ジョーダン,中原 尚哉
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • 最終人類 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『最終人類 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    ザック・ジョーダン,中原 尚哉
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)
  • 『ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)』
    日本SF作家クラブ
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • 統計外事態 (ハヤカワ文庫 JA シ 4-7)
  • 『統計外事態 (ハヤカワ文庫 JA シ 4-7)』
    芝村 裕吏
    早川書房
    968円(税込)
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 早くも今年のベスト候補が現れた。エリザベス・ハンド『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』(市田泉訳/創元海外SF叢書)★★★★½は、(ノベライズを除き)著者27年ぶりの邦訳書。世界幻想文学大賞受賞に輝く初訳の中篇3篇(表題作はネビュラ賞も)にネビュラ賞受賞の既訳短篇「エコー」を併せた日本オリジナル傑作選。"抒情SF選集"の惹句に反してSF要素は乏しく、若干の超自然要素(不思議のひと触れ)を含む主流小説集の趣だが、中身は圧倒的にすばらしい。

 白眉は全体の半分近くを占める「イリリア」。主人公のマディはNY郊外に建つ大邸宅群に5家族がかたまって暮らすティアニー一族の娘で、26人のいとこたちと賑やかに成長していく。名女優だった曾祖母の血を引く彼女はおばに連れられてブロードウェイに通ううち芝居の魅力にとりつかれ、同い年のローガン(父親同士が一卵性双生児)とともに高校演劇「十二夜」のオーディションを受ける......。物語全体を「十二夜」と重ねながら、マディの成長やローガンとの狂おしい恋、舞台の魔が瑞々しく魅惑的に描かれる。

 スピリチュアリストのコミュニティで育った少女の夏を描く表題作も、よく似た構造を持つ秀作(ちょっと今村夏子『星の子』風)。巻末の「マコーリーのベレロフォンの初飛行」は、かつてスミソニアン航空宇宙博物館に勤めていた中年男3人が島に集まり、ライト兄弟以前に空を飛んだ奇怪な飛行機の初飛行を記録した17秒のフィルムの再現に挑む話。SF読者なら好きにならずにいられない名作だ。

 J・J・アダムズ編『この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選』(中原尚哉訳/創元SF文庫)★★★½は、強化外骨格またはパワードアーマーをテーマにしたオリジナルアンソロジー。各篇に加藤直之の描き下ろし扉絵が入る贅沢仕様。2012年刊の原書 Armored に書き下ろされた23篇から訳者が12篇を選んだというだけあって水準は高いが、30ページ前後の古典的なアイデアストーリーが多く、読みやすい反面、似たり寄ったりの印象。戦争ものでは、キャンベルの表題作とレナルズの「外傷ポッド」が出色(ほぼ同じアイデアだが、現代性では後者に軍配が上がる)。19世紀末、開拓時代のオーストラリアの僻地に隠遁している老発明家が蒸気駆動アーマーを開発するレヴァインのスチームパンクSF「ケリー盗賊団の最期」も楽しい。マクデヴィット「猫のパジャマ」は、「幽霊宇宙服」と「冷たい方程式」にオマージュを捧げる(推定)問題解決型のエレガントな宇宙ハードSF。

 中原尚哉訳がもう一冊。ザック・ジョーダン『最終人類』(ハヤカワ文庫SF)★★★½は、10億以上の星系に広がる140万以上の知的種属が、知的レベルに応じて階層化されたネットワークを構成する未来が背景。人類は忌むべき種属として絶滅させられたはずだが、なぜか生き残った"最後の人類"サーヤは蜘蛛型種属(ウィドウ類)のママに育てられ、別種属に偽装して暮らしてきた。だが、その秘密を知るオブザーバー類(集合精神)が接触してきたことから悲劇が......。『銀河ヒッチハイク・ガイド』風の設定解説パートは軽妙だし、登場するさまざまな異星種族や自律与圧スーツやアンドロイドはおなじみの中原マジックで過剰なまでにキャラ付けされているが、後半の展開がやや興醒め。人類を遥かに超える知性を人類が書くのはなかなかたいへんです。

 対する日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、19人の作家が競作するテーマアンソロジー。飛浩隆「空の幽契」は、インフル禍を生き延びるため人類が遺伝子を改変して空の禽人と陸の猪狄に分かれた世界の物語を作中作(結末が失われてしまった舞台劇)として、記憶障害を患う老女と人型ロボットの対話を通じ虚構と現実を鮮やかに重ね合わせる。津原泰水「カタル、ハナル、キユ」は、蓮の蕾に似た7個の青銅器を収める舟形の残響部を7艘並べて演奏する7音階7オクターブの奇妙な伝統音楽イムを中核に据えた魅惑的な異文化SF。天沢時生(アマサワトキオから改名)の「ドストピア」は、濡れタオルを振り回す苛酷な対戦スポーツ"タオリング"の興行で栄華を極めた原磯組が、パンデミックに伴う激しい弾圧に耐えかねて場末のスペースコロニーに落ち延びたが──というぶっ飛んだ設定を小ネタ満載で狂騒的に描く任侠SFの快作。ウイルス禍が孕む問題を子どもたちが遊ぶ公園の一角に投影して鮮やかなドラマを紡ぐ菅浩江「砂場」や、福男選びがeスポーツ化する柴田勝家「オンライン福男」、データ人格の家族ドラマをほのぼのと描く長谷敏司「愛しのダイアナ」に加え、小川哲、伊野隆之、高山羽根子、若木未生、柞刈湯葉、津久井五月、立原透耶、藤井太洋、吉上亮、 小川一水、樋口恭介、北野勇作、林譲治が参加。池澤春菜SFWJ会長の序文、鬼嶋清美前事務局長による日本SF大賞顛末記を併録する。

 アンソロジーついでに言うと、『NOVA 2021年 夏号』(大森望責任編集/河出文庫)は、池澤春菜の小説デビュー作のほか、高山羽根子、柞刈湯葉、新井素子、乾緑郎、高丘哲次、坂永雄一、野﨑まど、斧田小夜、酉島伝法が寄稿。

 芝村裕吏『統計外事態』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、数学の才能が頼りの統計分析官が柄にもなく現地調査に出かけた先で思わぬ事態に遭遇。一匹の愛猫および口の悪い相棒とともに世界を救うべく奮闘することになる。これ、どう考えても幸せな結末はムリだろと思ってると思いがけない(現実的な)決着がつく。なるほど。

(本の雑誌 2021年6月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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