破滅と混沌の大巨編『闇に用いる力学』完結!

文=古山裕樹

  • 機龍警察 白骨街道 (ハヤカワ・ミステリワールド)
  • 『機龍警察 白骨街道 (ハヤカワ・ミステリワールド)』
    月村 了衛
    早川書房
    2,090円(税込)
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 竹本健治の『闇に用いる力学 赤気篇』を読んだのは、もう20年以上前のことになる。黒豹が東京都内に出没し、爆破テロと大火災が起き、さらに超能力者に秘密組織が暗躍、奇怪なウィルスが蔓延する......そんな複雑怪奇な陰謀とテロの物語。しかも、これはまだ序章に過ぎない。

 それから長い年月を経て、ついに完結した形で世に出たのが『闇に用いる力学 赤気篇・黄禍篇・青嵐篇』(光文社)。長大な物語がついに完結......といっても、決して分かりやすい結末に収束するような作品ではない。巨大な構図を描いた黒幕の思い通りに陰謀が進展するのではなく、複数の勢力の思惑が錯綜し、思いもよらない事態を生み出す。眩暈を感じる展開が、読者を混沌の渦に投げ込む。

 思えば「赤気篇」を読んだのは、地下鉄サリン事件の記憶も生々しいころ。テロなどの描写にも、オウム真理教を連想したものだった。二〇二一年の今読むと、作中のパンデミックの記述から、コロナ禍を思わずにはいられない。怪しげな噂話が世間に拡散する様子も、フェイクニュースが飛び交う今の社会を思わせる。

 そうした個々の要素の現実との重なりもさることながら、複数の謀略がもつれあって混沌を生み出すダイナミズムと、それによって社会が崩れていくさまを描いた、破滅的な全体小説としての魅力もまた大きい。一気に読むとくらくらする。ぜひ味わってほしい混沌だ。

 インパール作戦といえば、今や現実を無視した杜撰な計画の代名詞にもなっている。月村了衛『機龍警察 白骨街道』(早川書房)は、そのインパール作戦が行われたミャンマーが舞台だ。人型有人兵器・機甲兵装が闊歩する「現在」を描く、機龍警察シリーズの長編第6作。容疑者引き渡しのためミャンマーへ赴くことになった警視庁特捜部の面々。彼らが現地で遭遇する危機と、日本国内で進行するある企みを探る過程が、並行して描かれる。

 本書では、このシリーズの冒険小説としての側面が、ミャンマーの危険地帯からの脱出という分かりやすい形で前面に出ている。前作の『機龍警察 狼眼殺手』では封印されていた機甲兵装によるアクションも、本書では大盤振る舞い。このシリーズの特色ともいうべきアクション描写を存分に堪能できる。題名の白骨街道と、そこから想起されるインパール作戦が、日本の今と重なり合う。雑誌連載中に起きたミャンマーでのクーデターも、巧みにストーリーに取り込まれている。機甲兵装という架空のメカを配しつつ、現在の社会を切り取ってみせた力強い作品だ。

 ところで、ミステリに多いのが「(建造物名)の殺人」という形式の題名。この後とりあげる作品のタイトルも、すべてこの形式に則っている。

 まずは紺野天龍の『シンデレラ城の殺人』(小学館)。童話でおなじみのシンデレラが、魔法使いの誘いでガラスの靴を渡され、お城の舞踏会に向かい、そして......殺人事件に遭遇する。被害者は王子様。容疑者は他ならぬシンデレラ自身。お城に設けられた法廷で、彼女は知恵と弁舌を駆使して、自身の無実を証明する......。

 痛快なのは、主人公・シンデレラの造形だ。屁理屈を繰り出して継母や姉たちを翻弄し、意外と楽しそうに暮らしているしたたかなキャラクター。その姿は俺の知っているシンデレラじゃない......とは思うけれど、一方で魅力に満ちた存在でもある。『錬金術師の密室』など、錬金術が存在する世界でのミステリを書いている作者だけに、魔法使いが存在する状況での論理の組み立ても実に巧妙。

 なぜ「シンデレラ城」なのか、という題名への疑問も、それ以外のいろいろな疑問も、すべて解決してくれるラストも秀逸。軽快で楽しい一冊だ。

 今村昌弘の『兇人邸の殺人』(東京創元社)も、同じく「(建造物名)の殺人」形式の題名。『屍人荘の殺人』に始まる、班目機関が残した奇怪な研究の秘密を追うシリーズの第3作である。

 剣崎比留子と葉村譲は、班目機関の研究資料を追うグループと共に、あるテーマパークの一角に建つ「兇人邸」に侵入した。危険な怪物が闊歩し、同行した者まで首のない死体となってしまう。だが、一行はある事情で、屋敷からの脱出を選ぶわけにはいかないのだった......。

 過去2作と同様、特殊な設定のもとでの謎解きを描いている。前作に比べて複雑さを抑えているものの、入り組んだパズルを堪能できる。また、単に特殊な設定を持ち込むだけでなく、その設定を生かしたサスペンスで物語を盛り上げてみせる。

 過去2作に比べ、犯人側の描写も深化し、またホラーとしてのスリルも満喫できる作品だ。

 きわめて意識的に「(建造物名)の殺人」形式のタイトルを用いたのが、知念実希人の『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)。奇異な建造物の図から始まって、本編の後には島田荘司の推薦文が配置されるという、往年の新本格ミステリみたいな構成もさることながら、内容も古今のミステリへのオマージュ、そしてパロディをぎっしりと詰め込んでいる。

 ミステリマニアが建てた奇妙な屋敷に人々が招かれ、そこで殺人事件が起きる。古今のミステリへの言及、さらには読者への挑戦まで配置される......という、「いかにも」な展開。それらが伏線として、あるいはミスディレクションとして作用し、意外な結末へと着地する。

 表層の趣向だけ見ると異色作だが、驚きを演出する構造は、作者のこれまでの作品の延長線上にある。謎が駆動する物語に魅せられた人にとっては、大いに楽しめるミステリである。

(本の雑誌 2021年10月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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