生馬直樹『フィッシュボーン』に心を突き刺される!

文=古山裕樹

 この欄で取り上げる本は、いつも特にテーマを設けずに選んでいる。が、今回はわずか数人から小さな町まで、コミュニティ、あるいは共同体というキーワードでまとめられることに、選んでから気がついた。

 最初はわずか三人、ほぼ最小構成の共同体から。生馬直樹の『フィッシュボーン』(集英社)は、少年時代に出会って苦境を共にした三人のたどる、哀しい運命の物語だ。

 陸人は父が暴力団組長。航は両親がおらず、児童養護施設で暮らしている。匡海は父が殺人で服役中。その境遇のせいで周囲から孤立しがちな三人は、かえって互いに強く結びつき、自分たちを阻害する不条理な社会を変えたいという理想を抱く。

 だが、世間の理不尽さは過酷で、三人はやがて密漁で稼ぐようになり、今では裏社会で生きていた。そして、トラブルで生じた損失を取り戻すため、三人は社長令嬢の誘拐を計画する。

 それから五年後。刑事の柳井は、山中で発見された白骨死体の身元を洗い出す過程で、意外な真実を掘り当てる......。

 行き詰まった三人の運命を狂わせる犯罪計画に、理想を抱いていた少年時代がカットバックで挿入され、辛い対比と彼らの情念を浮かび上がらせる。さらに五年後の刑事の視点からの描写が、謎と驚きをもたらす。

 その仕掛けのため、ストーリーの展開にはやや強引さを感じたものの、運命共同体を形成した三人の生き方と、その心情が読む者を突き刺す小説だ。心地よさとは別種の、痛切な着地が強い印象を残す。

 第67回の江戸川乱歩賞は二作同時受賞。その受賞作のひとつが、桃野雑派『老虎残夢』(講談社)である。

 南宋が富み栄えた時代。紫苑の師・梁泰隆は、名だたる武侠から一人を選んで、奥義を授けると告げた。継承者に選ばれなかった失意を胸に、彼女は三人の継承者候補を迎え入れる。そして、湖上の楼閣で惨劇が......。

 武侠小説の世界で起きる密室殺人。登場人物も少なく、容疑者の数は限られている。そんな閉じた環境で展開する物語だが、その背景は大きく開かれている。密室殺人という入り口の先には、長大な時間と広大な空間を満たす物語が広がっている。

 謎解きそのものは薄味だが、武侠という特異な人々のコミュニティの掟を絡めた、壮大なストーリーが大きな魅力だ。

 辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)に描かれるのは、「存在しない人々」のコミュニティである。

 蒲田で起きた殺人未遂事件。一見単純に見えたものの、容疑者の女性が全面否認したため、捜査は長引くことになった。その女性──ハナには戸籍がなかった。戸籍を持たないがゆえに、彼女の人生には、常に限られた選択肢しか存在しなかった。事件を担当した蒲田署の森垣里穂子は、取り調べや捜査を通じてハナのことを、そして彼女と同じ無戸籍者たちのコミュニティを知る。一方ハナも、里穂子を通じて、コミュニティの外側について理解を広げる。やがて捜査の過程で、ハナたちと過去の未解決事件とのつながりが浮上する。里穂子は、今も事件を追い続ける本庁の刑事と協力し、意外な真相を突き止める......。

 戸籍を持たないことで被るさまざまなデメリット。同じ立場の人々が集まったコミュニティと、外部との断絶。そうした個々の要素を丁寧に描きながら切実なドラマを構築し、意外だが期待を裏切らない結末へと到達する。きわめて丁寧に組み立てられた小説だ。

 日本に暮らす外国人たちのコミュニティもまた、日本社会からは分離されている。大沢在昌の『熱風団地』(KADOKAWA)は、アジアのさまざまな国から集まった人々が暮らす、通称「アジア団地」が重要な役割を担う物語だ。

 観光ガイドの佐抜は、外務省の関連団体からある依頼を受ける。南シナ海の島国・ベサールの王子が日本にいる。その行方を捜してほしいというのだ。ベサールの政治情勢も絡んで、事なかれ主義の外務省に振り回され、ベサールに影響を及ぼそうとする中国のエージェントが暗躍する中で、佐抜は相棒の元女子プロレスラー・ヒナとともに、木更津の南にある「アジア団地」へと足を踏み入れる......。

 相棒となるヒナのキャラクターがいい。いくつもの危機を通じてだんだんタフになっていく佐抜の姿が、日本政府の無定見ぶりとは好対照の輝きを放つ。気弱だった男とタフな女のバディものとして楽しめる。王子はチャラチャラした若者だが、やがて佐抜とともに重大な決断を迫られる。テンポよく進み、結末へと軽快に着地する。多国籍社会となった日本で繰り広げられる、痛快な冒険の物語だ。

 最後は、ひとつの市という大きなコミュニティの物語を。若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』(光文社)は、神奈川県の架空の市、葉崎を舞台とするシリーズの久しぶりの新作だ。

 コロナ禍の二〇二〇年秋。カフェも併設された庭園〈パラダイス・ガーデン〉で、身元不明の女性の遺体が発見される。事件に巻き込まれた庭園の主・房子は、やがて〈パラダイス・ガーデン〉の土地に老人ホームを建てるという噂のせいで、さらなるトラブルに遭遇する。

 ......というできごとは、物語の(重要ではあるが)ごく一部にすぎない。葉崎に暮らす多彩な人々。それぞれの思惑と行動、互いの人間関係が絡み合って、複雑な図柄が織り上げられる。もつれた状況を解きほぐす警部補・二村貴美子の強烈なキャラクターも忘れがたい。

 精緻な構造の群像劇は、意外で意地悪な結末に鮮やかに収束する。一筋縄ではいかない人々が織りなす腹黒いドラマを軽やかに描いてみせる、作者の力量に魅了される。

(本の雑誌 2021年11月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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