趣向たっぷりの短編集宝樹『時間の王』をお薦め!

文=大森望

  • ビンティ─調和師の旅立ち─ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5054)
  • 『ビンティ─調和師の旅立ち─ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5054)』
    ンネディ・オコラフォー,月岡 小穂
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • オベリスクの門 (創元SF文庫)
  • 『オベリスクの門 (創元SF文庫)』
    N・K・ジェミシン,小野田 和子
    東京創元社
    1,540円(税込)
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  • 新しい時代への歌 (竹書房文庫 ぴ 2-1)
  • 『新しい時代への歌 (竹書房文庫 ぴ 2-1)』
    サラ・ピンスカー,村山 美雪
    竹書房
    1,650円(税込)
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  • 東京ゴースト・シティ
  • 『東京ゴースト・シティ』
    バリー・ユアグロー,柴田 元幸
    新潮社
    2,420円(税込)
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  • 豚の絶滅と復活について
  • 『豚の絶滅と復活について』
    岡本俊弥
    NextPublishing Authors Press
    1,980円(税込)
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 中国SF邦訳ラッシュが止まらない。宝樹『時間の王』(稲村文吾・阿井幸作訳/早川書房)★★★★は、《三体》三部作の二次創作でデビューした著者の初の邦訳書。2012年~18年に発表された時間SF7篇を収める(うち5篇が初訳)。哺乳類"穴居"の歴史を1億2千万年前から語り起こす「穴居するものたち」(随所に劉慈欣の影響が窺える)に始まり、前半3作は歴史ネタ。ただし「三国献麺記」は、世界的な人気チェーンの出発点となった魚介麺の嘘八百の由来(赤壁の戦いに敗れた曹操が長江のほとりの漁村で村娘にこの麺をふるまわれ、命をつないだ)を真実にするために時間を遡る歴史改変プロジェクトの話だし、古代の蜀で謎の女から不老不死の薬を与えられた男の壮大なラブストーリー「成都往事」にも意外な楽屋オチがあったりと、作風は軽快。現代ものの「九百九十九本のばら」では、学内一のマドンナに告白した冴えない貧乏学生が"薔薇を999本くれたらデートしてもいい"と言われた結果、自分の子孫に(いつか発明されるだろうタイムマシンを使って)協力させる起死回生の妙案(?)を思いつく。表題作は、ある事故をきっかけに、自分の人生の任意の時点に移行できる能力に目覚めた主人公が、10歳のとき病院で出会った運命の少女のために奮闘する話。それぞれ趣向が凝らされて、時間SFのバリエーションが楽しめる。著者は1980年生まれで、郝景芳('84年生)、陳楸帆('81年生)と同じ"80後"世代だが、中でもたぶんいちばん最近の日本SF寄りの作風なので、中国SF入門に最適かも。

 続いては、ここ数年に書かれた英語圏の女性作家による女性主人公ものが3冊。ンネディ・オコラフォー『ビンティ 調和師の旅立ち』(月岡小穂訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★½は、ヒューゴー賞ネビュラ賞W受賞の「ビンティ」に始まる中篇3部作の合本。語り手の"あたし"は、ヒンバ族の16歳の少女ビンティ。父と同じ調和師師範の肩書きを持ち、親ゆずりの才能で"数理フロー"を自在に操る彼女は、数学の惑星間テストで好成績を収め、多数の文明種族から選り抜きの秀才が集まる銀河系一の名門大学に合格。家族や友人の反対を押し切って故郷を旅立つが......。

 と、萩尾望都『11人いる!』みたいな導入から、少女の冒険物語が幕を開ける。ビンティが乗り込む宇宙船は"ミリ12"と呼ばれるエビに似た巨大生物で、その設定がのちのち大きな意味を持ってくる。物語全体の軸になるのは、クラゲ型異星種族メデュースと、地球人の多数を占めるクーシュ族(少数派のヒンバ族を見下している)との根深い対立。ちなみにヒンバ族は、ナミビアに実在するナミブ砂漠の遊牧民なので、ビンティの故郷が舞台になる後半は、文化人類学SFの味わいも。著者はマーベルコミック《ブラックパンサー》のライターとして知られるナイジェリア系米国人。

 同じくアフリカ系米国人のN・K・ジェミシン『オベリスクの門』(小野田和子訳/創元SF文庫)★★★★は、2016年から3年連続でヒューゴー賞長篇部門を制覇した《破壊された地球》3部作の第2部。舞台は数百年ごとに〈第五の季節〉と呼ばれる天変地異が起き、文明が滅亡の危機に瀕する地球。大地と通じてエネルギーを操る造山能力者のエッスンと、夫に連れ去られたその娘ナッスンの物語とが並行して語られる。前半はゆったりした進行だが、後半はさまざまな謎が解明され、怒濤のクライマックスへ。〈第五の季節〉はなぜ起きるのか? どうすればそれを止められるのか? SFとしての盛り上がりは前作以上か。

 サラ・ピンスカー『新しい時代への歌』(村山美雪訳/竹書房文庫)★★★★は昨年のネビュラ賞長篇部門を受賞した予見的な音楽SF。物語の背景は、相次ぐテロにより参集規制法が施行され、有観客ライブが禁止された近未来アメリカ。感染症の流行もあって生活スタイルは激変。音楽業界は仮想空間でコンサートを提供するSHLに牛耳られている。主人公のローズマリーはたまたま仮想ライブを体験したことから音楽の魅力に目覚め、SHLに転職。アーティスト発掘担当として、アンダーグラウンドで行われている各地の違法ライブに潜入して新たな才能をスカウトする仕事に就く。だが、SHLの提示する好条件には裏があった......。もうひとりの主人公は、大規模会場におけるアメリカ最後の有観客ライブを開いたことで生ける伝説となったシンガーソングライターのルース。演じる側と観る側双方の立場から、日本の読者にも他人事ではない未来が描かれる。

 一方、バリー・ユアグロー『東京ゴースト・シティ』(柴田元幸訳/新潮社)★★★½は、コロナ禍の最中に書かれた東京滞在記風の幻想コメディ。現実に著者が東京で出会った実在の人物(川上未映子や都築響一)と一緒に、植木等、太宰治、ヘルツォーク、永井荷風、宍戸錠、福澤諭吉、鈴木清順、松尾芭蕉、イアン・フレミングなど古今東西の様々な幽霊(まだ生きている人間の"若い頃の幽霊"含む)が多数出没し、おもちゃ箱をひっくり返したようなドタバタ劇をくり広げる。だがやがて外出自粛の春が来て、東京は人影の消えたゴースト・シティへと変貌する......。

 岡本俊弥『豚の絶滅と復活について』(スモール・ベア・プレス 電子版三四五円/オンデマンド版)★★★½は、著者5冊目の私家版短篇集。問題のあるネット記事の処置を決めるAIの判断の過程を"議事録"にまとめる男の話「倫理委員会」や、死んだ俳優のデータに"演技"させる「フィラー」など、AIと人間の間を埋める仕事のアイデアが面白い。

(本の雑誌 2021年11月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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