一切手抜きなしの『全裸刑事チャーリー』を見よ!

文=古山裕樹

 タイトルからコンセプトが十分に伝わってくる。七尾与史の『全裸刑事チャーリー』(宝島社)は、宝島社の〈5分で読める!〉シリーズなどに収録されたショートショートに、書き下ろしを加えた一冊だ。

 ヌーディスト法が施行され、公共の場も全裸で過ごすことが可能になった日本。刑事・茶理太郎─通称チャーリーもすべてを脱ぎ捨て、全裸であることに誇りを抱く警視庁初の全裸刑事となった。そんなチャーリーが、着衣の部下・七尾を率いて全裸絡みの事件を追う。

 収録作はそれぞれ10ページ程度と短く、最長でも40ページ程度。事件の発生から解決まではあっという間で、そして主人公には衣服もない。ある種のミニマリズムである。

 チャーリーのような刑事が存在しうる、作中世界の構築が徹底している。「股間カフェ」や「チン急事態宣言殺人事件」といった収録作の題名からうかがえるとおり、本書は現在の我々の価値観では「下品」とされる概念を前面に押し出している。作中の人物や店舗などの命名も、一貫してこの方針に沿っている。

 公共の場に全裸の人間が存在し、既存の価値観が揺らぐ社会。全裸のチャーリーと着衣の七尾の会話にも、両者の価値観の衝突がうかがえる。そんな社会だからこそ起こりうる事件を描き、時にはそういう社会であること自体が、ミステリとしての仕掛けを支えている。

 物語の基調こそふざけたものだが、作者が作品世界を構築する姿勢はきわめて真摯で丁寧だ。ふざけることに対して、全く手を抜いていない。

 おかげで、実にくだらなくて愉快な一冊に仕上がっている。純粋に、娯楽のための読書を楽しめる。屹立する巨塔を思わせる力作である。

 一方、こちらは元刑事の物語。黒川博行『熔果』(新潮社)は、大阪府警のマル暴刑事だった堀内と伊達が大暴れするシリーズの第四作だ。

 競売物件に居座る半グレを追い出しに行った伊達と堀内は、相手の素性を探るうち、金塊強奪事件のことを知る。未押収の金塊の行方を追う二人は、立ちふさがる半グレやヤクザたちに、時には知略で、時には暴力で対処する。果たして、彼らは金塊を手に入れられるのか......?

 凄惨な物語である。入り乱れる悪党たちの人物像もさることながら、彼らに対する伊達と堀内の容赦ない暴力も忘れがたい。

 それでも、物語の空気はどこかコミカルだ。二人が交わす会話の台詞が巧みだからだろうか。軽快な会話から、人物と情景が浮かび上がる。まるで刑事コロンボの「うちのかみさん」のように、伊達がたびたび語る「よめはん」の話。その数々のエピソードがなんとも愉快だ。

 二人が飲み食いする場面を物語の流れに巧みに組み込んでみせるのも、本書の魅力の一つだ。地元の大阪はもちろん、行く先々で何を食べ、何を飲んだのかが詳しく語られる。また、本書はロードノベルでもある。金塊を追って、二人は大阪から九州へ、さらには下関から名古屋へと突っ走る。

 止まることなく動き続ける勢いと、軽快な台詞に乗せられて、長い旅路を一気に読ませる。暴力と欲望が不穏な輝きを放つ一方、軽妙さも記憶に残る。

 日明恩の『濁り水 Fire's Out』(双葉社)も、シリーズものの四作目である。こちらの主人公は消防士だ。

 大山雄大は勢いで消防士に志願したものの、事務職への異動を希望し続ける日々。とはいえ叶う気配はない。楽はしたいが義務は果たす彼は、台風の直撃した管内の各地に出動し、水害の事故やトラブルを片付けていく。だが、救助に向かったものの、助けることのできなかった命もあった......。

 これまでは火災を軸に物語を展開してきたシリーズだが、今回の相手は台風による水害だ。さらに雄大たちは、被災した家屋を狙ったリフォーム詐欺と、事故死として処理された一件への疑惑に立ち向かう。しかも、消防士としての日常業務をきちんとこなしながら。

 事件そのものは小粒だが、雄大と友人たちとのやり取り、そして消防士としての日常をきっちり描いて、その中に事件の謎解きを織り込んでみせる。斜に構えていながらもストレートな雄大の言動と、丁寧なディテールの積み重ねで読ませる作品だ。

 こちらもシリーズもの。三津田信三『赫衣の闇』(文藝春秋)は、『黒面の狐』『白魔の塔』に続く物理波矢多シリーズの第三作だ。なお、時系列としては第一作と第二作の間に位置する物語である。

 敗戦直後の東京。物理波矢多は、友の招きで、ある闇市を訪れていた。複雑に入り組んだ路地の中、「赤迷路」の異名を持つ一角に、若い女性を狙う怪人「赫衣」が現れるという。その真相を探る波矢多は、やがて殺人事件の第一発見者となる......。

 ミステリとしての組み立てもさることながら、闇市の一角に生まれた迷路の存在が強く印象に残る作品だ。ミステリとホラーを融合させることで、闇市の「闇」を浮かび上がらせている。

 ミステリとホラーの融合といえば、原浩『やまのめの六人』(KADOKAWA)も忘れがたい。

 嵐の夜。ある不穏な仕事を終えた男たちが、山道で土砂崩れに遭遇する。近くの屋敷に逃げ込んだ彼らを、さらなる恐怖が待っていた......。

 屋敷そのものの恐怖に加え、いつの間にか仲間が一人増えていたが誰がそうなのかわからないという怪異が重なり、「増えたのは誰か」という謎で物語を牽引する。視点と時系列をシャッフルした語りも効果を発揮している。精緻な伏線が張り巡らされた作品で、読了後はすぐ先頭に戻って読み返したくなる。ホラーとミステリを巧妙に均衡させた一冊だ。

(本の雑誌 2022年2月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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