アンディ・ウィアーが放つやけっぱち大作戦に五つ星!
文=大森望
2021年も押しつまって、単発SF長篇の年間ベスト1が登場した。『火星の人』のアンディ・ウィアーが放つ『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(小野田和子訳/早川書房)★★★★★である。
時は近未来。太陽が放出するエネルギーがなぜか急激に減少しはじめる。このままではどんどん気温が下がり、地球文明はあと数十年で滅亡する。この未曾有の宇宙的災害の原因を探る前半は、昔懐かしい本格SFの興奮に満ちている。もっとも、小説はそういう順序で語られるわけではなく、中学校で科学の教師をしている主人公が宇宙船内で目を覚ます場面から始まる。彼はなぜたったひとりで深宇宙にいるのか? 失った記憶を彼がとり戻すにつれ、これまでの経緯が少しずつ明かされてゆく。
予備知識ゼロで読む方が面白いが、下巻の帯に『ファーストコンタクトSFの大傑作』(野尻抱介)とでっかく書いてあるので巻末解説(山岸真)の配慮は台なしに......。とはいえ、ふつうに想像されるファーストコンタクトSFとは全然違うのでネタバレされても問題はナシ。
下巻では、その災厄を回避する一縷の希望として宇宙に送られた主人公が、襲い来る危機また危機にDIY精神で立ち向かう。なんだ、『火星の人』アゲインか......と思うでしょうが(実際、ちょっとダレるところもある)、今回は"たったひとりの冴えた相棒"とのバディもので、両者の掛け合いが最高に楽しい。エンタメの王道に並ぶ旗門を教科書どおりに通過しつつ、胸を打つラストにちゃんとたどりつく技術力には脱帽するしかない。最新型娯楽SFのお手本。すばらしい。なお、題名は「やけっぱち大作戦」みたいな意味です。
一方、ファーストコンタクトSFの古典的名作『砂漠の惑星』が新たにポーランド語から翻訳され(飯田規和の旧訳はロシア語からの重訳)、《スタニスワフ・レム コレクション》第Ⅱ期の第1弾として登場した。その名も『インヴィンシブル』(関口時正訳/国書刊行会)★★★★½。『ソラリス』の3年後の1964年に出版された長篇だが、中身は剛球一直線のハードSF。忽然と消息を絶った姉妹艦コンドル号を捜索すべく琴座の惑星を訪れた二等巡洋艦インヴィンシブル号のクルー83名は、予想もしなかった"敵"と遭遇する......。半世紀以上も前の長篇だけに技術的ディテールはいささか古めかしいが、異質な知性に対する思考の深さはもちろんのこと、クライマックスの活劇シーンも現代SFにひけをとらない。40年ぶりに読み返して、"ハードSF作家"レムの実力を再認識しました。前出のウィアーと読み比べると、レムのリアリストぶりが改めて際立つ。
劉慈欣『火守』(池澤春菜訳/KADOKAWA)★★★½は、『三体』の作者唯一の童話。主人公は、愛する女の子を救うため、東の果ての島に住む火守を訪ねてきた少年。空に昇って星を治すべく、少年は火守とともに鯨の歯でロケットをつくり、鯨の脂肪から鯨油を生成する。劉慈欣版『星の王子さま』みたいな寓話だが、ディテールへのこだわりが著者らしい。日本版は、原書のBUTUにかわって、漫画家・西村ツチカが繊細なタッチのイラストを描き下ろしている。
ヘンリー・カットナー『ロボットには尻尾がない』(山田順子訳/竹書房文庫)★★★½は、酔いどれマッドサイエンティスト《ギャロウェイ・ギャラガー》シリーズの5篇をまとめた年配SF読者感涙の連作短篇集。酩酊すると超天才科学者兼発明家となり、あらゆる依頼を解決するスーパーマシンを開発するのだが、素面に戻ると自分が何を作ったのかさっぱりわからない。名探偵が犯人を指摘したあと別人格が推理の過程を必死に推測するみたいな涙ぐましいドタバタがメインなので、一種の本格ミステリとも言える。後半の3篇は"うぬぼれロボット"ジョーが相棒を務める。レムよりさらに古い1940年代の作品だが、作中のテレヴァイザーがまんまスマホみたいだったりして、意外なほど古びていない。最後の1篇「エクス・マキナ」は本邦初訳。
短篇集と言えば、《ラファティ・ベスト・コレクション》の2冊目、『ファニーフィンガーズ』(牧眞司編、伊藤典夫・浅倉久志ほか訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★½も出ている。今回は〈カワイイ篇〉で、子どもが出てくる話が多いものの、ふつうの意味でかわいい話はほとんどありません。収録全20篇のうち、表題作と「何台の馬車が?」「恐るべき子供たち」「浜辺にて」の4篇がラファティ短篇集初収録。中身については、前巻『町かどの穴』のとき詳しく紹介したので、2冊セットで必読とだけ。
短篇集ついでにもう1冊、6月に出たのに読み逃していたチョン・セラン『声をあげます』(斎藤真理子訳/亜紀書房)★★★½は、全8篇収録の韓国SF作品集。いちばん長い表題作は、他人にさまざまな影響を与える特殊な能力/体質の持ち主("怪物"と呼ばれる)が収容された施設が舞台。英語教師だった主人公は教え子を暴力に駆り立てる"声"を持つため、声帯除去手術か収容所暮らしかを迫られる。その他、巨大ミミズ降臨による終末を描く「リセット」や、大学生アーチェリー選手のサバイバルを描く「メダリストのゾンビ時代」など、個性的な作品が目立つ。
旧刊と言えば、「マイベストSF2021」と日本SF大賞の投票用に過去作をチェックしていて、久永実木彦のデビュー単行本にあたる連作短篇集『七十四秒の旋律と孤独』(創元日本SF叢書)★★★★½を当欄で紹介し忘れていたことに1年遅れで気づきました。どうもすみません。
(本の雑誌 2022年2月号掲載)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »