命を賭けた推理ゲーム『名探偵に甘美なる死を』

文=古山裕樹

  • 警官の道
  • 『警官の道』
    呉 勝浩,下村 敦史,長浦 京,中山 七里,葉真中 顕,深町 秋生,柚月裕子
    KADOKAWA
    1,870円(税込)
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  • 相剋(そうこく) 警察小説傑作選 (PHP文芸文庫)
  • 『相剋(そうこく) 警察小説傑作選 (PHP文芸文庫)』
    大沢 在昌,藤原 審爾,小路 幸也,大倉 崇裕,今野 敏,西上 心太
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 ミステリの連作短編といえば、どうしても最後の一編での大きな驚きを期待してしまう。矢樹純の『マザー・マーダー』(光文社)は、そんな期待に十分応えてくれる一冊だ。

 この本には五つの短編が収められている。作者のこれまでの短編集『夫の骨』『妻は忘れない』と同じく、収録作はいずれも家族をテーマにしている。ただし、過去の二冊と違うのは、家族の中でも特に母と子に焦点を合わせているところ、そして各編の主役こそ異なっているものの、五つが互いに結びついているところだ。第一話の「永い祈り」を読み終えた時点では、これまでと似た傾向の短編集だな、と思わせる。だが、第二話以降、各編のつながりが徐々に見えてくるにつれて、これは過去の二冊とは趣向の異なる作品であることが実感できる。

 テーマを狭く絞り込んでいるとはいえ、驚きの仕掛け方は各編それぞれに異なる趣向を楽しめる。バリエーションの広がりと、テーマの掘り下げ、そして全体を通しての驚きとが融合した一冊だ。

 驚きを仕掛ける手際では、方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社)も負けてはいない。作者のデビュー作『時空旅行者の砂時計』、第二作『孤島の来訪者』に連なる、竜泉家の一族が関わる新たな物語だ。内容は直接つながっておらず独立しているものの、過去二作の主人公のその後が語られるので、未読ならば先に読んでおいたほうがいいだろう。

 VR(仮想現実)空間で謎解きを競うミステリゲーム。その新作プロモーションイベントの監修を引き受けた加茂は、会場となる瀬戸内海の小島に建つ館を訪れる。彼はここで、招かれた素人探偵たちに殺人事件の謎を仕掛けることになっていた。だが、加茂を含む一同は館に閉じ込められて、命を賭けた推理ゲームを強要される......。

 孤島の館、VR、参加者の命が懸かった推理ゲーム......と、どこかで見たような要素の組み合わせだ。だが、その組み合わせから紡ぎ出された物語は、極めて個性の強いものに仕上がっている。

 ゲームという状況と、VRというギミックを駆使して、謎と驚きを高い密度で詰め込んでみせる。手数の多い入り組んだ真相ではあるが、驚きの焦点そのものは極めてシンプル。こういうシチュエーションでなければ成立し得ない謎が仕掛けられている。

 そんな特殊設定ミステリに冒頭で言及しつつも、地に足のついたミステリを構築してみせたのが、有栖川有栖による火村英生シリーズの最新作『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)だ。

 元ホストの男が自宅のマンションで殺されてトランクに詰め込まれていた......という、孤島の館での殺人ゲームに比べればずいぶん地味な事件を、火村とアリスが追う。だが、その地味な事件が、滋味あふれる謎解きに転じるのが本書の妙味だ。

 刑事たちの視点を交えて描かれる、コロナ禍の捜査活動。その丁寧な積み重ねから不可解な謎が浮上し、さらには準レギュラーの人物をも使って仕掛ける大胆な展開が続く。

 作者あとがきによると、「余情が残るエモーショナルな本格ミステリ」をイメージしたとのこと。その最もエモーショナルになりそうな瞬間の描き方、読者の想像に委ねる余白の作り方も巧妙だ。

 本書を読んでから、三〇年前に刊行されたシリーズの第一作『46番目の密室』を読み返してみるのも楽しい。変わるものと変わらないものに思いを馳せながら、ちょっとした発見に出会えるかもしれない。

 地道な捜査活動の描写を通して面白さを作り上げるといえば、佐々木譲『偽装同盟』(集英社)も同じだ。本書は『抵抗都市』の続編で、前作と同じく日露戦争に敗れてロシアの属国となった架空の日本を舞台としている。

 大正六年。警視庁の新堂は、捕らえようとしていた男の身柄をロシアの統監府保安課に奪われてしまう。一方、外神田で女性の変死体が見つかり、新堂は捜査の応援に駆り出される。折しもロシアの首都での暴動が報じられ、日本でも不穏なビラが配られていた......。

 史実と同じくロシアで革命が起きつつある状況で、二つの事件を追う刑事の物語だ。

 前作同様、「敗戦」によってロシアの支配下に置かれた日本という特異な舞台を、史実と異なる東京の街路を細かく描くことで形作っている。駐留するロシア軍人と、それに伴い日本にやってきたロシア人たちが暮らす、再構築された東京。これこそが本書の主役といってもいい。

 架空の東京での捜査活動を丁寧に描き、そこからロシア文化に憧れる若者の姿と、日本を支配する大国への複雑な感情を浮かび上がらせている。
 事件の解明はもちろん、革命を迎えたロシアと日本がどうなるのか。地道な捜査と時代のうねりとを描いてみせる、重厚な物語だ。

 最後に、警察小説のアンソロジーを二冊。『警官の道』(KADOKAWA)は、デビュー数年から十数年の作家たちによる書き下ろし七編を収めている。単発作品から人気シリーズの一編、あるいはスピンオフ作品を通じて、それぞれの作家の個性がうかがえる。西上心太・編『相剋 警察小説傑作選』(PHP文芸文庫七二〇円)は、既存の作品から選んだアンソロジー。警察官同士の、あるいは犯罪者との「相剋」をテーマに、五人の作家それぞれのシリーズものを各一編、計五編を収めている。

 片や競作、片や傑作選。作られ方は異なるけれど、ジャンルを概観し、読みたい作家やシリーズを探すのに適したアンソロジーである。

(本の雑誌 2022年3月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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