IT+ナチスの改変歴史SF『NSA』をお薦め!

文=大森望

  • NSA 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『NSA 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    アンドレアス・エシュバッハ,赤坂 桃子
    早川書房
    1,364円(税込)
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  • NSA 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『NSA 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    アンドレアス・エシュバッハ,赤坂 桃子
    早川書房
    1,364円(税込)
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  • 地球の平和 (スタニスワフ・レム・コレクション)
  • 『地球の平和 (スタニスワフ・レム・コレクション)』
    スタニスワフ・レム,芝田文乃,沼野充義
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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  • 未踏の蒼穹 (創元SF文庫 ホ 1-28)
  • 『未踏の蒼穹 (創元SF文庫 ホ 1-28)』
    ジェイムズ・P・ホーガン,内田 昌之
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • ヴィリコニウム〜パステル都市の物語 (TH Literature Series)
  • 『ヴィリコニウム〜パステル都市の物語 (TH Literature Series)』
    M・ジョン・ハリスン,大和田 始
    書苑新社
    2,750円(税込)
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  • 最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集
  • 『最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集』
    キム・チョヨプ,デュナ,チョン・ソヨン,キム・イファン,ペ・ミョンフン,イ・ジョンサン,斎藤真理子,清水博之,古川綾子
    河出書房新社
    2,145円(税込)
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  • 非接触の恋愛事情 (集英社文庫)
  • 『非接触の恋愛事情 (集英社文庫)』
    相沢 沙呼,北國 ばらっど,朱白 あおい,十和田 シン,上遠野 浩平,半田 畔,柴田 勝家,短編プロジェクト
    集英社
    682円(税込)
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  • 影絵の街にて (竹書房文庫 あ 12-1)
  • 『影絵の街にて (竹書房文庫 あ 12-1)』
    新井 素子,日下 三蔵
    竹書房
    1,540円(税込)
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 新年1発目は、2019年のクルト・ラスヴィッツ賞に輝くドイツSF、アンドレアス・エシュバッハ『NSA』(赤坂桃子訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★。エシュバッハと言えば、03年に邦訳された『イエスのビデオ』(イスラエルの遺跡でソニー製ビデオカメラの取説が発掘されるのが発端)がめっぽう面白かったんですが、こちらはITが超発達した1940年代前半のナチスドイツを描く改変歴史もの。零細情報機関の国家保安局は、収集したデータを分析してユダヤ人が潜むアパートの特定に成功し、ヒムラーの前で点数を稼ぐ。局の地位は向上するが、優秀なプログラマである局員ヘレーネは仕事に疑問を抱き始める。もう一方の主役は分析官のレトケ。秘密を握って他人を支配することに歓びを見出す悪役で、職場のデータを悪用し少年時代のトラウマの復讐に勤しむ(だんだんピカレスクっぽく見えてくる)。この世界線ではプログラムは女の仕事とされ、入門書を開くと料理や編み物の話ばかり。辟易したレトケがヘレーネに個人授業を頼むとか、若干のコワルみもあるが、技術者/科学者の倫理をテーマにした改変歴史SFという点では上田早夕里『破滅の王』に近いかも。監視社会化が進む現代をナチスと重ねたディストピアSFだが、地味な話なのに可読性は抜群。改変歴史ミステリ好きにもお薦め。

 本邦初訳のスタニスワフ・レム『地球の平和』(芝田文乃訳/国書刊行会)★★★★は、87年刊の《泰平ヨン》最終話にして、最後から二番めのレム長篇。すべての軍備を月に移転することで地球の非軍事化が実現した未来。立入禁止ゾーンとなった月ではAI兵器が勝手に進化しているはずだが、状況がわからない。偵察機を送っても全然戻ってこないので、泰平ヨンを送ることに。ヨンは月の静止軌道から最新鋭の〈遠隔人〉を使って探査を試みるが、奇怪な事態に遭遇する。物語は、地球に帰還したヨンの手記として語られるが、なぜかヨンは月で脳梁を切断され、右脳と左脳が分離しているため、記憶と人格に問題が生じていた......。話がどんどん脱線して本筋と無関係な蘊蓄や珍説が語られるのも面白いが、こんな小説を84年にすでに書き上げていたレムの先見性には脱帽するしかない。

 対するジェイムズ・P・ホーガン『未踏の蒼穹』(内田昌之訳/創元SF文庫)★★½は、2007年刊行の単発長篇の初邦訳。金星人が地球文明崩壊の謎を探る話で、"裏返しの『星を継ぐもの』"と言われる理由もわかるが、"驚愕の真相"に最初から見当がつくのが最大の弱点。余分な登場人物や無駄なエピソードも多く、プロットと構成を土台から整理し直すべきだったのでは。『地球の平和』と違って、今まで未訳だったのも納得の出来。じゃあつまらないかというとそんなこともなく、ホーガンらしい面白さは随所で味わえる。

 M・ジョン・ハリスン『ヴィリコニウム』(大和田始訳/アトリエサード)★★★½は、かつてサンリオSF文庫で出ていたダークなサイエンス・ファンタジーの古典『パステル都市』(原書71年刊)の改訳版に本邦初訳のシリーズ短篇4篇(71年~84年発表)を加えた作品集。銘なき剣を携えて文明崩壊後の遠未来をさすらうクロミス卿の陰鬱な(英国流ユーモアが微妙に混じる)旅はハマるとクセになりそう。

 恩田陸『愚かな薔薇』(徳間書店)★★★★は、〈SF Japan〉時代から14年も連載されてきた大作。"萩尾望都さん描き下ろし期間限定カバー"(と称するフルカバー帯)には、「美しくもおぞましい吸血鬼SF」とあるが、いわゆるヴァンパイアものとは感触が違う。4年ぶりに母方の故郷を訪れた14歳の少女は、事情をよく知らないまま"キャンプ"に参加する。キャンプの目的は、異星船を操り恒星間宇宙を飛べる特殊な人材の育成。集められた少年少女は徐々に体質が変化し、やがて不老不死の"変質体"になるという......。少年少女の成長の儀式が吸血鬼化に重ねられ、さらに宇宙へとつながる。濃密なエロスと血の匂いとバイオレンス。構造的には世界の秘密を発見するタイプのSFだが、ファンタジーでありホラーであり伝奇小説であり思春期小説であり恋愛小説であり......と自由自在にジャンルを越境し、見たことのない結末にたどりつく。

『最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集』(斎藤真理子、清水博之、古川綾子訳/河出書房新社)★★★は、全6人による競作集。いちばんSFらしいデュナ「死んだ鯨から来た人々」の舞台は、人類の入植から3千年が経過した海洋惑星。人々は海棲生物の巨大な群体(鯨)の上で生活してきたが、その鯨の間で伝染病が広がりはじめる......。キム・チョヨプの表題作は、感染症で人間が全滅して機械だけが残された宇宙居住区に"私"が単身調査に訪れる話。ぺ・ミョンフン「チャカタパの熱望で」は飛沫を防ぐためハングルから激音が消えた未来を激音抜きの表記法で語る。他にチョン・ソヨン、キム・イファン、ペ・ミョンフン、イ・ジョンサンが参加。

 一方、『非接触の恋愛事情』(短編プロジェクト編/集英社文庫)★★★はウェブ掲載の6篇に新作1篇を加えたパンデミック恋愛小説集。SF縛りではないが、柴田勝家が民俗学ネタの"非接触同棲"小説を寄稿、近未来SFも2作ある(朱白あおいと半田畔)。

 最後に、新井素子『影絵の街にて』(日下三蔵編)★★★は、絵本『季節のお話』(の文章のみ)と掌篇集『ちいさなおはなし』に、『チグリスとユーフラテス』外伝2篇や85年発表の迷作「阪神が、勝ってしまった。」など250頁分の短篇を加えたお得なリミックス集。

(本の雑誌 2022年3月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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