豪華列車の殺人と謀略に挑む山本巧次『満鉄探偵』が楽しい!

文=古山裕樹

  • 満鉄探偵 欧亜急行の殺人 (PHP文芸文庫)
  • 『満鉄探偵 欧亜急行の殺人 (PHP文芸文庫)』
    山本 巧次
    PHP研究所
    902円(税込)
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  • あれは子どものための歌 (ミステリ・フロンティア 110)
  • 『あれは子どものための歌 (ミステリ・フロンティア 110)』
    明神 しじま
    東京創元社
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  • かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖
  • 『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』
    宮内 悠介
    幻冬舎
    1,870円(税込)
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 小説について、どこかで見たようなキャラクターと展開......というと、あまり褒める文脈ではないことが多い。

 だが、類型の果たす役割は大きい。こんな人物が登場して、こんな幕開けなら、きっとこんな物語だろう......というお約束に則って、読者をリードして期待に応えてみせる。そんな作品の、予想がぴたりとはまったときの心地よさは忘れがたい。

 たとえば、鷹樹烏介の『銀狐は死なず』(二見書房)がそうだ。

 主人公の銀狐は、引退を考える昔気質のベテラン犯罪者。だが、最後と決めた仕事で罠にかけられ、複数の勢力から追われる身に。逃亡の途中で、凄腕ハッカーの少女を味方につけた彼は、誰が自分を陥れたのかを探り、反撃をたくらむ......。

 登場人物の造形にも物語の展開にも、既視感を覚える要素は多い。だが、それがマイナスには働いていない。どこかで読んだことのあるストーリーを、丁寧なディテールと大胆な省略を駆使して描き出す。生々しく、スピーディで、B級アクション映画を思わせるスリルの中に、かすかに哀愁がにじむ。凄惨なプロローグから、穏やかなエピローグまで一気に読ませる。

 山本巧次の『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』(PHP文芸文庫)にも、そういう楽しさがぎっしり詰まっている。

 舞台は日中戦争前夜、昭和十一年の満州。南満州鉄道株式会社──満鉄の資料課に勤める詫間は、総裁・松岡洋右の密命を受けて、社内で相次ぐ機密書類の紛失事件を調査することに。謎の美女にソ連のスパイ、さらには陸軍特務機関に憲兵隊の思惑が絡み合う中、真相を追う詫間は、大連から哈爾浜へと向かう欧亜急行に乗り込む......。

 題名通りに欧亜急行の中で殺人事件が起きる物語だが、殺人の謎解きよりも、国家や組織に関わる利害関係が生み出す謀略の渦に重点を置いた作品である。これまでも鉄道を多く描いてきた作者だけに、豪華列車の旅の描写はいたって緻密だ。鉄道に限らず、時代の描写も物語の雰囲気も、予想を裏切ることのない作品である。

 そうした類型を活かすタイプの作品ではないけれど、連作短編という形式の物語を読むときは、その形式がもたらす枠を意識せずにはいられない。短編どうしの繋がりから、いったい何が浮かび上がるのか?

 逸木裕の『五つの季節に探偵は』(KADOKAWA)は、『星空の16進数』にも登場した私立探偵・みどりを主人公に、彼女が10代から30代までの間に遭遇した五つの事件を収めた連作短編集である。

 人を観察して、隠れた真相を探り出さずにはいられない。そんなみどりの人物造形は、万人が感情移入しやすいものでは決してない。人を不幸に導くことがあっても、真相を暴かずにいられない──そんな厄介な人物なのだ。

 全編を通して、みどりの成長が描かれる。各編のつながりはシンプルだが、個々の短編の魅力で読ませる。

 こちらも連作短編集。明神しじま『あれは子供のための歌』(東京創元社)を読み始めた直後は、「これはミステリなのか?」と思わず表紙を見返してしまった。まるで遠い国のおとぎ話のような語りが続いていたからだ。だが、最初の一編を読み終えるころには、そんな疑問は消し飛んでしまう。

 何らかの代価と引き換えに、「この世の理に背く願い」を叶える者。その奇妙な力が、人々の運命を翻弄する──これが物語の背景にある。読むにつれて、作中の世界が徐々に見えてくる。

 最後まで読むと、全編がつながって全貌が浮かび上がる。全体が見えたところで、最初に戻って読み返したくなる一冊だ。

 宮内悠介『かくして彼女は宴で語る』(幻冬舎)は、定型をきわめて強く意識した連作短編集である。

 本書の着想の土台は、アイザック・アシモフの〈黒後家蜘蛛の会〉シリーズ。レストランに集まった男たちが、ゲストの話に潜む謎について議論を交わすものの、いつも真相を言い当てるのは給仕のヘンリーだった、というパターンの短編シリーズだ。この形式の物語を、明治期に実在した芸術家の集まり〈牧神の会〉を舞台に描いてみせたのが本書である。謎を解き明かすのは女中・あやの、というところも原典を踏襲している。

 原典と異なるのは、徹底した史実への密着だ。関係者の回想や日記をもとに考証を積み重ね、記録された事実に基づいて作中の多くのできごとを描き出している。そして、事実の隙間に巧みに虚構を織り込んでみせる。

 史実に寄り添った作りだけに、最終章の大胆な飛翔が心に残る。ミステリという枠組みから、明治とその先の時代を、そして美と社会を照らし出す。

 最後は、類型や形式の枠組みを突き抜けていく作品を。東山彰良の『怪物』(新潮社)は、小説家と、彼の書いた小説をめぐる物語だ。

 柏山康平は台北出身。今では日本語で小説を書いている。彼の作品『怪物』の主人公・鹿康平のモデルは、台湾空軍のパイロットだった叔父だ。鹿康平の搭乗した偵察機は中国上空で撃墜された。彼は敵地から脱出しようと苦闘を続ける。一方、柏山は出版社の女性社員と一夜を共にする......。

 小説家・柏山の日々が語られ、その合間に鹿康平の物語が挟まれる。が、単に作中作が挿入されるだけの小説ではない。二つの語りは時に並走し、時には融合して、小説という形式ならではの驚きをもたらす。

 柏山の物語と鹿康平の物語が溶け合う瞬間の美しさが印象に残る。両者が溶け合うことによって、小説家の日常がきわめてスリリングなものに変貌する。メタフィクションを巧みに活用した、緊張に満ちた物語だ。

(本の雑誌 2022年4月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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