ラファティ版〝伝奇集〟『とうもろこし倉の幽霊』がいいぞ!

文=大森望

  • とうもろこし倉の幽霊 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『とうもろこし倉の幽霊 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    R A ラファティ,井上 央,unpis,井上 央
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 旅書簡集 ゆきあってしあさって
  • 『旅書簡集 ゆきあってしあさって』
    高山 羽根子,酉島 伝法,倉田 タカシ
    東京創元社
    1,760円(税込)
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  • 大日本帝国の銀河 5 (ハヤカワ文庫 JA ハ 5-16)
  • 『大日本帝国の銀河 5 (ハヤカワ文庫 JA ハ 5-16)』
    林 譲治
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • サーキット・スイッチャー
  • 『サーキット・スイッチャー』
    安野貴博,Rey.Hori
    早川書房
    1,870円(税込)
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  • いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集
  • 『いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集』
    山野浩一,岡和田 晃
    小鳥遊書房
    2,750円(税込)
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 牧眞司編《ラファティ・ベスト・コレクション》全2巻に続き、井上央編訳によるR・A・ラファティ短篇傑作選『とうもろこし倉の幽霊』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½が登場した。オール本邦初訳の全9篇は、主に人間と人間ならざるものとの相克を描く。羽根毛・カモ足への跳躍的形態変化を描くラファティ流バイオSF「サンペナタス断層崖の縁で」は、〝人間という種にとって、座るという動作は過渡的なもの〟に過ぎず〝いつも心地の悪さを感じてきた〟ため、ついに鳥人間が出現したという新説を披露する。一方、超人的な体力を持つ種属(通称〝せっかちのっそり〟)の一人が人間の高校に入りアメフトの大スターになる「チョスキー・ボトム騒動」は、著者には珍しい異常心理ミステリの秀作。テーブルの下にいる小さな人々に気づいてしまった男の受難を描く「王様の靴ひも」は、典型的なラファティほら話。その他、〈不純粋科学研究所〉シリーズ最後期の怪作「鳥使い」や、著者らしい異常論文「いばら姫の物語」、代表作として名高いマジシャン小説「下に隠れたあの人」など、それぞれにインパクトの強い傑作群が揃い、まさにラファティ版〝伝奇集〟の趣き。

 高山羽根子・酉島伝法・倉田タカシ『旅書簡集 ゆきあってしあさって』(東京創元社)★★★★は、そのラファティの流れを汲む〝ほら話〟集。副題のとおり、3人の著者が架空の旅先から他の2人に出した手紙(の体裁をとる小説+絵)計27通から成るリレー式連作集。宮内悠介の巻末エッセイにある通り、もともとは単行本デビュー前の3人が2012年にウェブで始めた趣味の企画。文学フリマでは時々の〝旅のお土産〟(旅先の石だの葉書だのコースターだの)つきで販売されていた。3人とも絵心があるので、旅先のスケッチや図解などもたくさん収録されているほか、(手紙のやりとりなので)旅エピソードのキャッチボールも楽しい。対象とする客の年齢によりフロアが分けられた94階建ての商業施設で買いものをする高山羽根子「ショッピングモール」、事故をきっかけに奇妙すぎる大冒険が始まる倉田タカシ「着水した飛行機」、恐るべき〝トキの呪い〟の真相が明かされる酉島伝法「ッポンの町」など、それぞれの芸風の違いも見どころか。ラストはもうひと工夫ほしかった気もするが、一通ごとに旅気分と異国情緒に浸れる、コロナ禍にうってつけの一冊。

 昨年1月に開幕した林譲治『大日本帝国の銀河』が、第5巻(ハヤカワ文庫JA)★★★★でめでたく完結した。昭和15年の大日本帝国が高度な異星文明と接触するファーストコンタクトSFだが、過去4巻が〝コンタクトによって変わる歴史〟に力点を置いていた(どちらかと言えば戦史オタク向けだった)のに対し、この巻では、異星種属の真の目的が明らかになり、はるか未来まで視野に入れた壮大なスケールの宇宙SFへと発展する。劉慈欣の《三体》三部作に対する日本SFからの返歌と言ってもいいだろう。暗黒森林理論に対するセカンド・オピニオンもあり、《三体》読者はお見逃しなく。

 第9回ハヤカワSFコンテストの受賞作が早川書房から相次いで単行本化されている。大賞受賞の人間六度『スター・シェイカー』★★★½は、テレポートが主要交通手段として社会のインフラになった未来を背景とする異能バトル系ライトノベルSF。『虎よ、虎よ!』にオマージュを捧げてワイドスクリーン・バロックに挑み、クライマックスで大ネタを炸裂させる蛮勇は大いに評価したいが、文章・設定含め、小説としてはかなりとっちらかった印象。真ん中あたりのロードピープルの話をどう見るかで評価が分かれそうだ。

 対する優秀賞の安野貴博『サーキット・スイッチャー』★★★★は、レベル5の完全自動運転車が急速に普及した2029年の首都高速を舞台とするユニークなカーアクション。新人のエンタメSFとしては文句なしの秀作だ。

 主人公は、自動運転アルゴリズムで国内8割のシェアを誇る企業を創業した天才プログラマ。その自動運転車を乗っ取った犯人は、彼が殺人犯であることを証明すると宣言し、生配信を開始する。車の速度が落ちたり配信が止まったりすると車に仕掛けた爆弾が爆発し、首都高本体にも甚大な被害が出る......。

 まるで近未来版『スピード』(または『新幹線大爆破』)みたいだが、真のテーマはトロッコ問題。いずれかの人命の犠牲が避けられないとき、自動運転車は命の重さをどう判断するのか? コロナ禍のいま、とりわけアクチュアルなこの問題にエンタメの定型を使ってアプローチする。SFに馴染みのない読者にも読ませる工夫が凝らされている一方、テッド・チャンと同時代の人工知能SFとしても妥協のないつくり。こちらも大賞でよかったのでは。

 レアものを集めた短篇集が2冊。岡和田晃編の山野浩一『いかに終わるか 山野浩一発掘小説集』(小鳥遊書房)★★½は、著者短篇集初収録の短篇・掌篇28篇を集める。未発表作含め初書籍化の作品多数。中では、もうひとつの「X電車で行こう」と言うべき「ブルー・トレイン」がすばらしい。山野ファンは必読。対する日下三蔵篇の筒井康隆『人類よさらば』(河出文庫)★★★は、文庫初収録作がほとんどを占める落ち穂拾い作品集。書籍初収録のレアな短篇も4篇あり、中ではPS2のホラーゲームのために書かれた「本陣の怪異」が一読の価値あり。

 最後に、『ハヤカワ文庫JA総解説1500』(早川書房編集部編/早川書房)は......おっと、もう行数がない。大量に積み残して以下次号。

(本の雑誌 2022年4月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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