城山真一『看守の信念』の大技を受けてみよ!

文=古山裕樹

  • 放課後レシピで謎解きを うつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密 (集英社文庫)
  • 『放課後レシピで謎解きを うつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密 (集英社文庫)』
    友井 羊
    集英社
    814円(税込)
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 ひとくちに続編といっても、さまざまな形がある。ストレートな後日談もあれば、登場人物や舞台設定は共通しているけれども独立した物語、という場合もある。

 城山真一『看守の信念』(宝島社)は、『看守の流儀』に続く刑務所の物語。刑務官と受刑者の人生を描く連作ミステリである。舞台は前作と同じ加賀刑務所だ。前作でワケありの刑務官として登場した火石司も姿を見せる。

 プロローグと5つの短編とエピローグからなる作品だ。謎とその解決は、各編それぞれにアプローチが異なる。刑務所という狭い舞台を扱いながらも、そのバリエーションは豊富だ。刑務所の運営に携わる刑務官や他の職員、そして受刑者たち、時には刑務所の外側まで。さまざまな人々の思惑が交錯するドラマが繰り広げられる。

 各編に、火石の動向に目を向ける刑務所の総務課長・芦立の視点からの叙述が挿入される。独立した各編を結ぶ糸のような役割を担う芦立と、その家族の物語もまた興味深い。

 前作『看守の流儀』では、全編を貫く大きな仕掛けが施されていたが、大技は本書でも健在。前作の鮮やかさゆえに読む側の期待値も上がっているが、そのハードルをあっさり越えてみせた。結末近くのたった一行で、物語の風景を塗り替えてしまう。この驚きを十分に堪能するためにも、未読の方は、まずは前作を読み終えていただきたい。

 友井羊『放課後レシピで謎解きを』(集英社文庫)は、前作『スイーツレシピで謎解きを』と似た趣向の連作だ。

 夏希は高校2年生。陸上部を辞めた彼女は、同級生の結と調理部に入る。結は極度のあがり症で、人との会話も一苦労。二人が日常で遭遇する、料理が絡む事件。その謎を解き明かすなかで、二人と周囲の人間関係も変わっていく......。

 結が前作の主人公の後輩という関連はあるものの、物語としては前作からは独立している。ただし、日常の謎を扱い、食品の性質やレシピが謎解きのヒントとなる展開は前作と同じだ。

 もうひとつの共通点は、対人関係を物語の核に据えているところだ。前作の主人公は吃音症。本書の主役の一人・結も、他人とのコミュニケーションに苦しんでいる。結と夏希が謎解きを重ねるにつれて、二人の友情も深まり、そして困難を抱えているのは結だけではないことが明かされる。

 猪突猛進タイプの夏希と、おとなしい結。対照的な二人のバディものであり、二人が事件と向き合うことで周囲と向き合い、他者との関係を、そして自身を変えていく物語だ。

 料理のプロセスが、登場人物たちの抱えた悩みや秘密とも重なり合い、謎解きを支える。真摯なテーマを扱いつつ、爽やかな読後感を残す作品である。

 こちらも続編。直島翔『恋する検事はわきまえない』(小学館)は、前作『転がる検事に苔むさず』で活躍した検事や警察官たちのその後、あるいは過去の物語である。

 長編だった前作に対し、こちらは4人のキャラクターがそれぞれ主役を務める4つの短編が中心。年長者が主役の物語では、前作よりも過去のできごとを。若い世代が主役の物語では、前作よりも後のできごとを......と、キャラクターの年代によって時系列を分けている。

 前作も人物造形の巧みさで読ませる小説だったが、その傾向は本書でも変わらない。ミステリとしての仕掛けはいたってあっさりしているが、事件に関わる人々の心の動きが物語を牽引する。主役の4人以上に印象に残るキャラクターは、法律家でもなければ警察官でもない、魚屋のおじさん。こうした人物の配置の妙で読ませる小説だ。最後の展開からすると、まだまだ次がある模様。

 一方、こちらは第3作。天祢涼『陽だまりに至る病』(文藝春秋)は、『希望が死んだ夜に』『あの子の殺人計画』に連なる、神奈川県警の仲田と真壁が登場する物語だ。

 小学5年生の咲陽は、父親が帰ってこないという同級生の小夜子を家に連れ帰るが、感染リスクを避けたい母には内緒で自分の部屋に匿う。その翌日。咲陽の家を訪れた刑事は、小夜子を探していた。どうやら、小夜子の父が、殺人事件に関わっているかもしれないのだ......。

 少女が関わる事件を軸に貧困問題を扱うところは過去の二作と同じだ。特に本書では、コロナ禍がもたらした困窮にスポットを当て、今もどこかで起きているかもしれない光景を生々しく描き出している。

 ミステリとしての仕掛けは控えめで、同級生を匿う少女の視点から描くサスペンスが中心となる作品だ。過去2作と同じテーマを、コロナ禍という現在進行形の現実と重ね合わせて描き出す。題名の意味が浮かび上がる終盤が重く心に響く。

 最後は新人のデビュー作を。第25回日本ミステリー文学大賞新人賞の二つの受賞作である。

 麻加朋『青い雪』(光文社)は、特異な生い立ちの少女が夏の日に遭遇した事件と、その真相が歳月を経て解き明かされるまでの物語。家柄と血筋にまつわる愛憎がもたらす悲劇を描いている。

 登場人物の思い切った行動や唐突な展開に戸惑う部分もあるけれど、最後の一行に込められた情緒が、驚きとともに心に残る作品だ。

 大谷睦『クラウドの城』(光文社)は、巨大IT企業のデータセンターで起きた密室殺人を描く。

 主人公はデータセンターの警備員。イラク帰りの元傭兵という設定は物語の内容に対してやや過剰だが、セキュリティシステムの特性を生かした密室の謎解きと、ダイナミックな展開で読ませる。硬質な中に叙情がにじむ語り口も印象に残る。

(本の雑誌 2022年5月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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