呉勝浩『爆弾』が繰り出す罠だらけの心理戦

文=古山裕樹

  • 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2
  • 『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』
    大山 誠一郎
    実業之日本社
    1,650円(税込)
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  • 【2022年・第20回「このミステリーがすごい! 大賞」隠し玉】呪いと殺しは飯のタネ 伝記作家・烏丸尚奇の調査録 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2022年・第20回「このミステリーがすごい! 大賞」隠し玉】呪いと殺しは飯のタネ 伝記作家・烏丸尚奇の調査録 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    烏丸 尚奇
    宝島社
    750円(税込)
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  • 開化の殺人-大正文豪ミステリ事始 (中公文庫 ち 8-11)
  • 『開化の殺人-大正文豪ミステリ事始 (中公文庫 ち 8-11)』
    中央公論新社
    中央公論新社
    924円(税込)
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 シンプルなタイトルとシンプルな状況設定。だが、物語が進むにつれて、罠だらけの入り組んだ構図が徐々に浮かび上がる。呉勝浩の『爆弾』(講談社)は、そんな小説だ。

 酔った男が酒屋で暴れた、ありふれた事件。だが、男は取り調べの最中に「十時に秋葉原で何かが起きる」と告げ、そして直後に秋葉原の空きビルで爆発事件が起きた。スズキタゴサクと名乗る男はさらに告げる──「ここから三度、次は一時間後に爆発します」と。

 東京都内のあちこちに爆弾が仕掛けられるというストーリーでありながら、物語のかなりの部分は取調室の中で進行する。問いをのらりくらりと受け流すスズキと、彼の言葉からヒントを導き出して、爆発を止めようとする刑事たち。その心理戦が中心に据えられている。スズキは時に刑事の心の隙間を突いて翻弄し、時にはあっさりヒントを提示する(ように見える)。

 その合間に描かれる警察の捜査活動、そして市井の人々の動き。この仕掛けの背後にある企みがだんだん浮かび上がってくるものの、その思惑はなかなか見えない。輪郭の定まらない空虚な悪意が社会を揺さぶり、人々を苦しめる様子をじっくり描いてみせる。

 終盤に明かされるスズキの正体も、きわめて皮肉に満ちている。サスペンスに満ちていて、最後の一行に至るまで不安にさせてくれる小説だ。

 それとはまた形の異なる悪を描いた物語を。深町秋生の『ファズイーター』(幻冬舎)は、組織犯罪対策課・八神瑛子シリーズの第五作。時にヤクザやマフィアと手を組み、同僚の警察官を金で飼い慣らし、癒着と暴力を駆使しながら犯罪に立ち向かう、苛烈な女性刑事の活躍を描く。

 最初の三作では「夫の死の真相を探る」という彼女自身の戦いを描き、第三作から五年を経た第四作では監察部門にマークされていた彼女だが、そこからさらに四年を経た本書でも、また新たな危機に遭遇する。

 上野でナイフを持った男が交番の巡査を襲撃し、拳銃が奪われそうになった。さらに元警官が撃たれる事件が起きる。八神は、なりふり構わず荒稼ぎするようになった暴力団・千波組の関与を疑う。一方、夫が率いていた千波組傘下の組織を仕切ることになった比内香麻里は、ある危険な取引に手を出すことを余儀なくされる......。

 腐敗と暴力と策略が渦巻く作品世界は一作目から変わらないが、決してただ苛烈なだけの物語ではない。八神はもちろん、彼女が対決する犯罪者たちも含めて、それぞれの思惑を積み重ねて、その激烈な内容に説得力を持たせている。

 ストーリーを駆動しているのは、人物の造形に仕掛けられた意外な落差だ。ろくでもない生き方をしてきた人物が見せる、意外な矜持。譲れない一線を守るための、思わぬ行動。それらが重要な瞬間に現れることで、劇的な展開を生み出している。

 激烈さではなく、謎とその解決に絞って読ませるのが、大山誠一郎『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』(実業之日本社)である。前作『アリバイ崩し承ります』に続く短編集の第二弾。題名のとおり、アリバイ崩しに特化した作品集だ。

 若手刑事の「僕」が、時計店の若い女性店主・時乃に、捜査中の事件について相談し、容疑者のアリバイを崩して事件を解決に導く......というのが各編のスタンダードな流れである。

 時乃はいわゆる安楽椅子探偵で、「僕」から話を聞いただけであっという間に真相に到達してみせる。個性的な「名探偵」というよりは、むしろ「論理」の顕現のように見えるキャラクターだ。

 前作以上に凝った設定を駆使して、五編の謎解きを提示している。だが、毎回アリバイを崩して一件落着、という流れでは単調になってしまう。これに対して、アリバイを崩すことによってさらに事件の様相が複雑になったり、一人の人物が同時に起きた二つの事件の容疑者になったりと、状況の工夫によって展開の幅を広げてみせる。正攻法とはいえ、困難な道に挑んだ作品集だ。

 また、前作と同じく、時乃が「僕」と知り合う前の物語も配したことも、単調さの抑止につながっている。

 端正な謎解きの次は、いびつな魅力の謎解きを。烏丸尚奇の『呪いと殺しは飯のタネ 伝記作家・烏丸尚奇の調査録』(宝島社文庫)は、第20回「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作......ではなく、最終候補作をもとに「隠し玉」として出版された一冊。

 フィクションを生み出すことに行き詰まり、伝記を書いていた作家・烏丸尚奇。ある企業の依頼を受けて創業者の伝記を書くことになった彼は、長野県にある創業者の家を訪れる。一家について調べるうちに、数々の不幸なできごとと不穏な痕跡を見出した烏丸は、ついに自分が書きたかったテーマと巡りあえたことを実感する。後戻りできなくなった彼は、禁断の謎を解き明かそうとするが......。

 小説家を主人公に据えて、創作者としての焦燥と渇望を根底に据えた小説だ。解き明かされる真相は強引なところもあるけれど、主人公を突き動かす欲求と重なり合って、刺激に満ちた物語に仕上げられている。決して端正とはいえないが、次作も読みたくなるデビュー作だ。

 最後にアンソロジーを。『開化の殺人 大正文豪ミステリ事始』(中央公論新社編/中公文庫)は、かつて江戸川乱歩を魅了した「中央公論」大正七年七月臨時増刊に収められた七編に、江戸川乱歩・佐藤春夫の随筆を加え、さらに北村薫による解説を収録している。当時の乱歩の興奮に共感できる一冊だ。

(本の雑誌 2022年6月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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